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5章-(6) アメリカの卒業式

「禁煙とダイエットほど、宣言を実行できる人の少ないものはない、と言われてますよ」

とポールは言いながら、パパの背中越しに、直子にデートを申し込んだ。

「ひと月後の日曜日に、結果がせひ見たいです」とつけ加えて。

「いいわ。期末テストの後にね。ぜったい成功してみせるわ。オリ、証人になってね」

香織はやっとクフッと笑った。4月から何度も直子はダイエットに取り組んだのを、思い出したのだ。短くて半日、長くて3日で降参だった。

ようやく顔を上げた香織は、パパの目が見守っていたことに気づいて、内心あわてた。さりげなく楽しそうに、会話に加わっていなくては・・。


3時間後、香織はパパと2人だけであじさい寮に向かって、サクラ並木の  下を歩いていた。直子は食事が終るとすぐに、ポールの誘いに乗って、荻野シアターへ行こうとしたのだが、パパが靴とラジオの買物のことを言い出して、直子が映画を見るのは、靴の買物をすませてからということにして、  荻野駅近くの本屋で、ポールは待っていることになった。

ポールは本屋に残り、結城君はじゃま者は消えるよ、と笑いながらポールの背をたたき、散歩してくると言い残して、ひとりで吉祥寺の方へ向かった。

香織たち3人は、荻野街の靴屋と電気屋に立ち寄って、買物をすませた。 香織はうぐいす色の、少しかかとの高い靴を選んだ。直子が選んだ黒いサンダルも、香織の靴といっしょに寮へ持ち帰ることにした。直子は今日の楽しかった1日のお礼を、パパに何度も言葉を尽くして言って、駅前の本屋へ 向かった。

「気持ちのいい人たちだね。今日は楽しかった。食事は昔よりもっと洗練されてうまかった上に、会話が何より楽しかった」

香織はパパを見上げてうなずいた。食事の始まる間際に、パパはポールと 席を替わって、直子とポールを並ばせた。その方が会話が、ぐんとはずむ のを、見てとったのだ。

「内山さんて子は、打てば響くようなところがあっていいね。ポールの話を聞き出すのもうまいし、意見ははっきり言うし、あれで英語をもう少し勉強すれば、立派なものだ」と、パパ。

ポールはアメリカの同級生たちが、来週に卒業週間を迎える話を言い出した。自分もアメリカにいれば、間違いなく楽しい経験ができるけれど、疲労困憊の1週間を過すはずなのだ、と。

直子はたちまち好奇心に駆られて、問い返した。

「どんな卒業式の1週間なの?」

早口にまくしたてるポールを、結城君が通訳した。

「結城君に感謝しなくちゃね、あれは香織のための通訳だったな」

とパパに言われるまでもなく、香織も気づいていた。身を乗り出して聞き 入っても、ポールの英語が聞き取れなくて、思わず香織はしかめ顔をして いたのだ。結城君がすぐに助け船を出してくれた。先程のわだかまりは、 ポールへの話への好奇心に押しやられて、香織はひたすら、結城君の声を 頼りにしていた。  

ポールのアメリカの高校では、卒業式の1週間前の金曜日の夜、まずホテルでの卒業ダンスパーテイから幕が開く。女子はフォーマルなロングドレス、男子もフォーマルな燕尾服を初めて着用して、大人になった気分を味わう。

夜の12時にいったん家に帰り、服を着替えて、ラフなシーンズやTシャツ姿で、ボーリング場へ集まる。今度はディスコ風に朝7時まで踊りまくり、食べ放題、飲み放題のどんちゃん騒ぎをする。

2日目の昼間はみなぐったりと眠り、夜から日曜の朝にかけて、卒業生全員が車に分乗して、ディーズニーランドへ遠征する。

4日目の月曜の夕方は、うって変わって厳かな教会でのコンサートがある。

火曜日は、卒業式のリハーサル。

水曜日は、各種の受賞式。

ようやく木曜日に、正式の卒業式に辿り着く、という具合なのだそうだ。

「いいなあ。ダンスパーティとか、本場のディーズニーランドとか、うらやましい!」

直子の片言の英語と表情で、ポールにはちゃんと通じていた。

「日本でだって、ダンスパーティはやれるよ」と、ポール。

ポールの言葉に続けて、結城君が初めて直子にまともに話しかけた。

「秋の星城の文化祭に、実はダンスパーテイを開く話が出てるんですよ。 まだ正式には決まっていないけど」

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