(186) おかあさん!
弓子、ときどきおかあさんが大嫌いになる。だって、おかあさんは表の顔と裏の顔と、二つ持ってるみたいなんだもの。
出かけるときのおかあさんは、きれいにお化粧して、赤っぽい服を着て、よその人のようにおすまししてる。
でも、妹の幸子を泣かしたからって、弓子をしかるとき、鬼よりこわいひどい顔になる。
今日、3人でお出かけするとき、弓子の準備がおそいからって、おかあさんはバスにのるまぎわまで、プンプンしてた。
幸子は5さいだから、洋服を着せてもらい、リボンもおかあさんに結んでもらって、4年生の弓子は、背中のボタンをはめるのまで、ひとりでやらなきゃならないなんて、だれが決めたのかしら。
おかあさんのうしろから、小さくなってバスに乗りかけたら、バスの扉が閉まりかけた。
そのひょうしに、弓子の左手がドアのすきまに吸いこまれた。
「おかあさん、いたいっ」
弓子が叫んだら、おかあさんがふり向いて、ドアにとびついてきた。
「止めてっ、止めてくださいっ」
おかあさんは全身で閉まりかけた扉の間にはさまって、押し戻した。靴はぬげ、おしゃれした髪も服も台なしの姿だった。
無事だった弓子の手を見て、おかあさんは涙ぐんだ。
おかあさん、弓子やっぱり、大、す、き!