5-(4) 競泳するか?
「マリちゃん、まだ?」
君子が水色のつんつるてんの水着を着て、赤い水泳帽をかぶってマリ子を見上げた。
「すぐ着るわ」
マリ子はワンピースの下で、もぞもぞと水着を着こんだ。
あっ、いたい! 自分で自分の胸にふれて、顔をしかめた。シャーリングの波の下のマリ子の胸は、ぺたんこに近い小さいものなのに、痛みで存在を示していた。加奈子のあのきれいな胸が、目に焼きついていた。
わたしもあんなふうになれるのかな?
女の子って、あんなにきれいで、やさしそうなものを持てるんだ! 痛みをがまんしていると、そのうちになれるのかな・・。そうだといいな。なんだかマリ子に、あこがれがひとつ、生まれたみたいだった。
「ひゃあ、きれえな水着じゃあ」
青いワンピースの下からあらわれたマリ子を見て、君子がため息をついた。白の水玉もようの赤い水着に、まっかな海水帽で、マリ子は恥ずかしいったらない。
「なんとまあ、かえらしなあ」
おとらばあさんが、休憩所の屋根の下で涼みながら、女の子たちをひとりずつ見送った。
「新顔じゃな。マリッペちゅうのは、あんたじゃな。まあ、一番かえらしい水着じゃ」
おばあさんは、マリ子の顔と水着をしげしげと見つめた。
加奈子と静江がささやき合っているのが聞こえた。
「ばあちゃんに見られるのはええけど、竹次のおっちゃんは、やらしい!」
「ほんまじゃ。知らん顔しちゃろ」
マリ子が見ると、竹次さんはパラソルの下にねそべって、麦わら帽子の下から、マリ子を見上げているところだった。その目つきが、ほんといやらしい。マリ子も知らんぷりで通り過ぎた。自分の娘たちを見てればいいのに!
そのむすめたち、鈴子と町子はまだ幼くて、水着のおかあさんといっしょに、砂浜で砂遊びをしていた。
おじさんたちは海に入ったり、砂浜でこうら干ししたり。おばさんたちは 数人だけ水着に着替えて、浜辺に出ていた。マリ子のおかあさんは、休憩所の居残り組だった。海の風に当たりに来ただけだって。
川上のおじさんが子どもたちを集めて、準備体操を正太にやらせた。
瀬戸内の海はおだやかで、浜にはレースかざりのような波が、打ち寄せて いた。
「マリッペは泳げるんか」
しげるがまぶしそうな目で、マリ子を見た。水着のせいだ。マリ子は気に してない風に、勢いをつけて答えた。
「ん、泳げるよ」
「ようし、後で競争するか? あっちのとびこみ台まで」
「ええよ!」
俊雄がしげるをつついた。
「かけは、せんのんか?」
「おなごやこ、相手にならん、ならん。せえに、4年と6年じゃぞ」
しげるは当然とばかり、いばって言った。
「ふん、うちに負けるの、わかっとるけんじゃ」
マリ子は本気で負ける気がしなかった。
「なにぃ、そげん自信あるんか。ほんなら、かけちゃらぁ。キャンデー1本じゃ」と、しげる。
「うちも、負けたら、キャンデー1本!」 と、マリ子も負けずに返した。