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      3-(5) 大泣き

先に眠ったのは、あっこちゃんだった。マリ子は、眠そうにぐずるまあくんを乳母車に乗せて、外へ連れ出した。

おばあさんは台所で 奮闘ふんとうしていた、いつ食事しているのかわからないほど、台所に立ちづめだった。

昼の食器が山ほど井戸ばたに重ねてあったし、これからゆでるトウモロコシも、大さるに山盛りになっていた。

外は陽射しが強くむんむんする暑さだ。

すべるイグサの上を乳母車を押していくと、正太の家の前の坂道を、良二と和也の2年生ふたりがかけ下りてきた。

「マリッペが子守しとるが」

和也がおどろいたようにいうと、良二がいつになく、けっけっけっと、いやらしい笑い声をたてた。

「マリッペは練習しよんじゃ」

「何の練習よ?」
マリ子はききずてならない。

「きまっとるが。嫁さんになる練習じゃ」
マリ子はぷっと吹いた。

「なに、あほう言よんじゃ」
「マリッペは、正太さんがスキスキじゃもん」

良二は負けていない。ちびの体をくねくねさせて、スキを連発した。和也までニヤニヤし出した。

「おっかしな良二、何言うとんじゃ」

マリ子は無視することにして、乳母車を押し出した。ところが、良二は引っ込まない。

「赤うなっとる、ほれみい! マリッペは大きうなったら、正太さんの嫁に なるんで」

「そげんこと、わかるまあ」
マリ子はむきになって、ひっかかった。

「わかっとるもん。マリッペは正太さんといっしょに、ふろに入ったんで!」

このばくだん発言に、マリ子の  堪忍袋かんにんぶくろがぶっとんだ。乳母車を置きざりにして、マリ子は良二にとびかかった。

「この大うそつき! いつうちが正太さんとふろに入ったん?  言うてみい」

良二をぐいぐいイグサの上に押しつけてやった。良二はそれでもこりず、 けらけら笑いながら、言いつのった。

「借家の風呂直したとき、正太さんとこの風呂をかりたろが。あん時じゃ」

マリ子はいきり立った。良二のバカバカバカッ!

あれはとてもすてきな思い出なのに。風呂場を修理した数日間、大家の風呂を借りた時、たまたま一度だけ、正太が火を燃してくれた。タイル張りの感じのいい風呂の中で、マリ子はいい気持ちだった。

まだ燃すかぁ。もういいでーす、と窓ごしに声をかけあっただけなのに。
良二のやつ、許せない。きれいな場面に泥をぬるヤツ!

マリ子は良二を抑えこむと、その耳に大声で言ってやった。

「よう聞いとき。うちはな、正太さんがスキじゃ。しげるも俊雄もむつおも、それから和也もあんたも、みーんなスキじゃ! わかった? スキの印にキスしてやろうか!」

「げぇ、助けてくれぇ」」

良二はマリ子の下で、もがいたひょうしに、乳母車の脚をけった。

あっという間もなかった。乳母車はするすると坂道のイグサの上をすべった。マリ子は飛び起きて走った。でも遅かった!

乳母車はつーぅと走って、ガタンと左側の畑につっこんだ。車は真横にかしいで、赤んぼがドサッとダイコン畑に投げ出された。

ぎゃあっ!

赤んぼはわめいた。うとうとの夢がはじかれ、天地がひっくり返ったのだ。

マリ子は赤んぼにとびついた。わっとつかみ上げて、そのまま畑をつっきって、真正面の正太の台所をめざした。

ぎゃあっ! ぎゃあっ! 体をふるわせ手足をふるわせる赤んぼを、マリ子はぎゅっと抱きしめて走った。林のおばあさんに知られたくない。どうしようどうしよう。

「どげんしたん、何があったん?」

川上のおばさんが、ぬれ手のまま台所から飛び出してきた。うしろからマリ子のおかあさんが叫んだ。

「けがさしたん、マリ子?」

おかあさんの顔をみると、マリ子はうわあっと、爆発してしまった。緊張が一気にゆるんで、大泣きだ。

おかあさんはせっぱつまった顔で、赤んぼを抱き取り、あちこち調べた。

「なんともないようなが・・」

それを聞き、マリ子はますます泣きじゃくった。不安で体がふるえていた。

手伝いに来ている良二のおばあさんまで、台所口から心配そうにのぞいて いた。川上のおばさんが、マリ子の肩を抱いた。

「どげんしたん。言うてみられ」

マリ子は泣くばかりだ。言えるものじゃない。正太さんとふろに、だなんて! それでかっとして、良二を組みふせて・・だなんて。

まあくんは、マリ子のおかあさんのうでの中で、ゆったりとゆすられているうちに、泣きおさまり、目をつぶって静まった。

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