ツナギ8章(1)冬越し準備
シオヤたちの手引きで、塩を入手できた川上の山辺村の村長たちは、義理堅くも、イカダに乗せた丸太を3度も届けてくれた。丸太の間に、細い雑木をたくさん混ぜこんでくれていた。こちらでも、森の木を切り倒していたので、ひと棟の家造りには充分な材木が集まっていた。
その山を見やって、ツナギはわくわくしていた。暮れまでに、家を仕上げられたら、大広間のある住まいへ移れる者が、数家族出るだろう。洞での冬越しは、少しは楽になり、あの息苦しさも減るだろう、と期待があった。
ところが大人たちは、冬を前にして別の対策を考えていたのだ。
じっちゃを中心に、オサやヤマジ、カジヤ、ウオヤたちが、何やら話し合っていたが、その日の夕食時に、オサの声かけで明らかになった。
「今年の冬越しをどうするかだが・・皆食い物はよく集めてくれて、去年よりはましだが、それでも春までは充分とは言えまい。それで八木村の親戚へ、冬の間寄せてもらえないか、取り急ぎ頼みに行ってもらおう。ウオヤとカジヤと、それにゲンはわしの代理で、この3人に交渉をまかせることにした。親戚でなくても、冬の間の布作りや家事を手伝いながら、泊めてもらえたら有難いが・・」
そういうことだったか、とツナギはうなずいた。すると、モッコヤが声を上げた。
「今度は、うちの息子たち(14と11})も八木村へやることにするわ。あっちにはいとこたちもいるし、おまえたち、何でも手伝いはできるな。何しろ、冬の間の食い物と、ここの空気のひどさはなあ。春が待てんよ」
息子たちは顔見合わせて、うなずき合った。今度は、1のオリヤのシゲが、ハナと何やら言い合っていたが、思い切ったように言った。
「わしもハナを八木村へ送って行っていいだろか。生まれるのは先のことだが、2人前食わせてやりたくて・・」
そりゃそうだ、その方がええ。よう言うた、と口々に賛成の声が上がった。
じっちゃも笑顔でうなずいた。
「それがええ。後の縫い物のことは、何とでもなる。大事にして、ええ子を産んでおくれ。わしらの希望の星じゃ」
シゲの母親も何度もうなずいて、涙ぐんでいる。
4のオリヤの妻と息子(13)と娘(10)や、3のカリヤの残ったひとり息子(11)と、2のカリヤの末息子(10)も、村オサの娘トミ(11)と一緒にサブ(12)も、置いてもらえるなら、八木村へ行く候補に上がった。
サブがにっと笑って、ツナギの脇をどんっと突いた。八木村のチカに会えるのが嬉しいのだ。ツナギは思わずこぶしを握りしめた。ツナギも行きたい、チノに会いたい! サブが冬の間いないと思うと、がっかりだった。
行きたいと声を上げれば、親戚のドウグヤが受け入れてくれるはずだ。でも、じっちゃを思うと、言い出せない。それに〈日にち守り〉と〈炉の番〉という大事な仕事もあった。
オサが皆を見回して言った。
「もしまだ置いてもらえるなら、12歳より下の子は、八木村で冬越しさせてもらえるといい。今年こそ、ひとりも失わずに過ごしたいものだ。それに、おなごの子は、12歳なら、あの村でいい縁に巡りあうかも知れん」
そのひと言にうおっと、期待の笑いが起こり、女の子たちは赤くなってはにかんでいる。
「では、ウオヤとカジヤとゲン、頼んだぞ」
オサが締めくくると、オリヤのジンが声を上げた。
「オレ、12だけど、あんちゃんとおっかあといっしょに残りたい。水くみの仕事と、子トンにえさをやるよ」
よく言うた、それもりっぱな仕事じゃと拍手になった。
翌朝、ウオヤたちの一行5人は八木村を目指して、山へ向かった。シゲは ハナをいたわりつつ、ゆっくりと最後尾をついて行った。手土産はいつものように、ウオヤの海の干し魚と塩と、ツナギがじっちゃと編んだかごやザルだった。
そして次の日、ハナを八木村に残して、シゲとウオヤとカジヤとゲンが戻って来た。八木村は、今年の秋の米の豊作もあって、濃い薄いはあっても、親戚関係のある家が多いので、どの家でも引き受けてくれることになった。
それで、候補者のほかに、トナリの娘(12)とヤマジの末娘(12)、シオヤの娘(11)も、加わることになった。カジヤの夫婦は妻の兄宅へ、ウオヤの妻と子ふたり(6と4)は、今年も妻の実家を頼ることにして、総勢18人が八木村へ向かうことに決まった。
山越えは1日も早い方がいい、とその日のうちに全員が準備を整え、翌朝には洞の外に皆で見送りをした。ヤマジのババサが、一行18人の無事の冬越しと、春の帰還を祈って、唱えごとをし、笹竹を皆の頭上で振るった。
それぞれに小さな荷を背負って、子どもらとカジヤの夫婦が山道を登って行った。ウオヤは戻って来る約束で、妻とふたりの子を送って、いっしょについて行った。
オサが残った皆を見回して言った。
「子らがいないと寂しくなるが、残った者で分担を決めて、やっていこう。雪になる前に、手分けしてな」