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6章-(3) 意地の見せどころ
その日の夕方、直子は酔ったような顔をして帰ってきた。
「すごかったぁ!今夜夢に見そう。オリ、かわいそう、後で話してあげるね」
「いいの、夏休みのおたのしみにしておくわ。ひとりで見に行くかな。パパと行くかも」
「わあ、それもいいね。ポールたちったら、いつのまにか消えてたよ」
「結城君もでしょ。直子、このごろ結城君のこと、言わないね」
「う? そりゃ、ポールにキスされ・・」
あ! 香織の驚きと、直子のしまったの声が重なった。
「そうだったの、おめでとう!」
香織はにっこりして、直子の手を取った。
「ああ、秘密にできないタチなんだ。恥ずかし・・」
直子は首をすくめた。吉祥天女のふっくらした頬が染まっている。
「失神した? キスされて」
香織は突っこんでみた。直子は笑って、香織の背をたたいた。
「残念、失神は一生あこがれで終るみたい」
2人で吹き出した。
「ポールとは、相性がいいみたい。あたしのこと、すてきだって言ってくれた人、初めてだもの」
「あんなこと言って、ペアだった島君にも、気に入られてたじゃない」
「あの人、話がのろくて面白くないの。ポールの方がずっと楽しい。結城君はぜったいふりむいてくれないから、香織にゆずるわ。ポールにも悪いし」
「結城君は、そんなんじゃないって。妹代わりかも、って言ったでしょ」
香織はやっきになって否定したけれど、言葉尻が弱くなった。妹代わりじゃないと、今でははっきりそう思っている。でも、結城君のことは、なるべく思い浮かべないことにしている。
そうしないと、ひょっこり、ナプキンを拾った時の仕草が浮かんで、胸が動悸になってしまう。勉強のじゃましないで、あっち向いてて!
香織は頭の中の結城君を、むりやり背中向きにさせて、ノートの若さまの イラストに取りかかるのだった。
その週の木曜の夕方、結城君のママから電話があった。木曜の午後は、体育館の都合で、バレー部はいつもは練習休みの日だが、3日後に迫ったバレー大会の最終練習で、バスケット部に場所を譲ってもらったという。
「レッスンの方はお休みですけど、香織さん、いらっしゃらない? パパは遅いし、いっしょにお食事しましょうよ」
お断りするのは気の毒なほど、気のいいママだった。でも、香織は言葉に 詰まりながらも、必死の思いで、丁寧にお断りした。食事すれば、話しこむことになり、遅くなる。そこへ結城君たちと鉢合わせしたら、どんな顔を したらいいのか。それにほんとに時間が惜しかった。
若杉先生にどうあっても、丸印だらけの予定表を見せたいのだ。勉強の時間も1時間増やして、2重丸の日を多くしているのだから。これこそ香織の 意地のみせどころだった。
大会は日曜日9時から、星城高体育館で始まった。寮の食堂で、朝食の後、バレー部のマネージャーの市川さんが、そのことを伝えた。
「関東西部大会の、準決勝から決勝までの3試合が行われますから、ぜひ 応援に行ってください。星城は第2試合に出るそうです」
歓声が上がった。先週の映画会で選手たちと顔合わせをしているので、いっそう親近感があるようだ。
「オリ、今日くらいはいいでしょう? やっぱダメ? 頑固なヤツめ」
直子はデザートの水ようかんにスプーンを刺そうとして、手を止めると、
香織に押して寄こした。香織はにっと笑って、合掌して有り難く頂いた。
直子はダイエットの、香織は勉強の、2人のカレンダーは、意地の張り合いごっこのように、丸印で埋まっていた。
香織にとっては、土日は、毎週月曜にある漢字と英単語テストの取り組みで、ほぼつぶれてしまう。直子は2,3回見たり書いたりすれば、満点を 取ってくる。香織は1つを6回練習して覚えたつもりで、数時間経って再びやると、もうあやふやになっている。テストとなると、必ずどこかで減点されて、満点はとれず、8割取れたら感激、9割取れたら有頂天だった。