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(21) ススキの原

ゴウ・・。電車のひびきがふいに変わって、窓の外に多摩川の広い川床が見えてきました。
萩氏は窓に顔をよせるようにして、川原を埋めている、ススキの原を見下ろしました。
秋のはじめ、いちめん灰赤色に彩っていたすすきが、風にゆられてすこしずつ色を落としていき、いつのまにか、象牙色の穂波を光らせています。

柔らかいじゅうたんのように広がっているあの中に、埋もれてみたら、どんなものだろう。そんな子どもじみた憧れが、晴れた日の出勤時、この鉄橋をわたるたびに、頭をかすめます。

1時間以上かけて勤め先に着き、電気器具の取引に追われ始めると、そんな思いは消し飛びます。

疲れ切って、帰途の車内は、たいてい夢の中。闇に沈んだ川原の上を、電車だけは勢いよく走りぬけます。


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晴れた日曜日、思い立って、自宅近くの浅川へおりてみました。
お、あれはススキじゃないか。萩氏は胸おどらせて、流れに近い、わずかな茂みにむかいました。ふみしだいて寝転ぶと、視界いっぱいに広がった空。川の流れる音。ススキの葉ずれのささやき。心身の疲れがとけ出していくようです。

萩氏は昔話のウサギになっていました。ワニに赤裸にされた傷を、ガマの穂にくるまっていやした、あのウサギに・・。


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