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国旗損壊罪について

先日、自民党の保守系グループが「国旗損壊罪」を盛り込んだ刑法改正案を今国会に提出したというニュースが流れました。

早速Twitterでは賛否わかれ論争が起きましたが、主張の中には刑法の基礎的な知識で疑問を解消できそうなものもありましたので、このニュースを機に刑法の仕組みの基礎を知っていただければと思い、ノートにまとめてみました!

できるだけ簡単にまとめましたので、もしかしたら説明が不十分な箇所もあるかもしれません。ただ、このノートがきっかけとなって、法律に興味を持っていただけたらと思いますので、ぜひ最後まで読んで頂けると幸いです。


そもそも刑法とは

刑法は、犯罪とそれに対する罰について規定した法律です。

法律には他にも、憲法、民法、商法などあり、それぞれの法律が対応する分野と、特徴があります。そして、問題解決のために、これらの法律に則って、裁判が行われます。

刑法の裁判(刑事訴訟)の場合、最大の特徴は「国対人」の構図であるということです。

これが、民法(民事訴訟)だと「人対人」になります。例えば、離婚裁判なんかでも当然対峙するのは、民間人同士ですよね。

刑法の裁判(刑事訴訟)では、訴えられるのは人ですが、訴えるのは検察官という「公権力」になります。公、つまり国が刑事事件で民間人を訴えることを「公訴」といい、この権限は通常、検察官が独占しています。

(仮に政財会で何らかの事件が起きた時に、当然その事件について裁判を起こす権限も検察官が独占しています。だからこそ、検察官はどこの組織とも癒着しているような状態にあってはならず、厳しい独立が求められます。)


話が少し反れてしまいました。本来、国家は人を傷つけてはならないのですが、刑法に定められた罪を犯した人には、例外的に傷つけることが可能です。これが、「刑罰」です。言い換えれば、刑法に規定さえあれば、国家はその規定に則って、人を傷つけることができます。だからこそ、刑法については、より慎重な議論が必要になってくるということです。


外国旗がダメなら、日本の国旗も…

では、ここから刑法の諸原則とからめて、「国旗損壊罪」について考えていきたいと思います。

刑法を考える上で大事なポイントは、「保護法益」の問題です。刑法は、先ほど述べたように国家が人を傷つけられる強力な法律ですから、いいかげんに条文を作りまくる、なんていうことはできません。現在の刑法の各規定は、「なぜその条文が必要なのか?」、言い換えれば「その条文を作ることで、守りたいものは何だ?」が考えられた上で成立しています。この「守りたいもの」を、法律用語で「保護法益」と言います。

わかりやすい例でいうと、「殺人罪」の「保護法益」は、「人の生命」になります。


自民党保守系グループの議員の方の声明を読んだところ、今回の提出に至った理由の一つに、「外国旗に対する損壊罪はあるのに、日本のものにはない」旨が挙げられていました。同様の趣旨の主張が、Twitterでも多く見られましたが、これも保護法益で考えたらわかりやすくなるでしょう。

まず、外国旗に対する損壊罪(外国国章損壊罪)の保護法益守りたいもの)を見てみましょう。

保護法益は「我が国の対外的地位ないし外交作用」です。例えば、外国の旗を燃やしたことで、その国と関係が悪くなってしまって交易に支障が出るなどの可能性があります。そうしたことが起きないために、この法律が定められています。(一応、外国の利益を保護法益とする主張もありますが、この条文自体、「国交に関する罪」に分類されているので、対外的地位ないし外交作用を保護法益と考える方が妥当だと考えられます。)

では、自国の国旗損壊罪の保護法益守りたいもの)はどうなるのか。

例えば、日本の国旗が国内で燃やされたからといって、どこかの国から交易を止められるなんてことは考えにくいでしょう。つまり、一見外国旗と日本旗の違いで、似たような話に聞こえるかもしれませんが、法律的には全く別物です。保護法益(守りたいもの)が全く変わってくるので、外国国章損壊罪があるからといって、無条件に自国の国旗損壊罪も成立するとはいえないのです。


国旗損壊罪の問題点

ここまでで、外国国章損壊罪がある=国旗損壊罪も成立する、とはならないとお話ししました。では、国旗損壊罪が、議論上どのような問題点をクリアする必要があるかを考えていきます。


・保護法益は何だ?

最初に考えられるのは、先ほど説明した「保護法益」の問題です。国旗損壊罪の保護法益は何になるか。あるとすれば、「我が国の名誉」とかになります。

ここで、「公共の場で、国旗を焼いて暴れまわるような人がいたら危ない!」とか「掲揚された日の丸を燃やそうとする人がいたら危ない!」とかで「公共の安全」なんかが保護法益にならないのか?と思う方もいるかもしれません。

しかし、現に他人が所有する国旗については「器物損壊罪」が適用されたり、危ない暴動を起こした人については「騒乱罪」などの法律が用意されていたりします。

つまり、自分で用意した日本国旗を、憎しみを込めて、静かに燃やしているような人に対しては、国旗損壊罪でしか対応できないでしょう。

ですが、この場合、誰が危害を受けているでしょうか?

仮に、静かに燃やしている現場を見た日本人が、それを見て名誉が傷ついたとします。この場合の名誉は、「日本人としての名誉」とかになると思いますが、名誉毀損罪ではこうした広範な名誉は、特定しきれず漠然としているため、対象としていません。

こうした漠然としたもの刑法に盛り込んでしまうと、何でもかんでも罰せられることになってしまいます。

それに、刑罰という形でなくとも、誰かが明確な形で損害を受けたら民事裁判(民間人同士の裁判)で対応することが可能です。むしろ、刑罰はそうした損害を与える者に対して、追加で国から罰を与えるものなので、やはりより慎重な議論のもと、法案が考えられるのです。

話をもとに戻しましょう。こうして考えると、やはり現在ほかの刑罰で対応しているものについて、新たに「国旗損壊罪」を作るとなると、この規定が守っているのは、「国家の名誉」とかになる可能性が高いと考えられます。


・「国家の名誉」を守るため?

「国家の名誉」を保護法益とした法律は、戦前の日本にありました。それが、「不敬罪」です。不敬罪は、皇族やいくつかの神社に対する軽蔑をもって、その尊厳を傷つけるすべての行為を犯罪と規定していました。「尊厳を傷つける行為」の範囲がとても広くとられたため、時の天皇制を批判しようものなら、たとえ個人の日記に書いてあったものでも刑罰の対象になりました。

軍国主義時代の日本で、国家が統治に使った手段といえば、「治安維持法」などがありますが、この「不敬罪」もその一端と考えられるでしょう。

そして、日本が敗戦し、現在の「日本国憲法」が誕生、この「不敬罪」も廃止となりました。

こうした歴史から、「国家の名誉を守るため」の法律については、より一層の慎重な議論が必要になります。

(ちなみに現在不敬罪がある国は、タイやサウジアラビアなど)


・表現の自由と真っ向から対立

先ほど、現在の日本国憲法が成立し、「不敬罪」は廃止になったと説明しました。不敬罪が廃止になったのは、この新しい憲法にある規定と相いれないものであったからです。

そもそも憲法とは、その国の最高法規、簡単にいうと大原則、みたいなものです。あらゆる法律の上に立ち、その法律が大原則と反していないかを縛ります。そして、大原則である憲法に反していることを、違法ではなく「違憲」と言います。

この憲法という大原則があることで、時の国家権力が、不当に国民の権利を奪うような法律を作れなくしています。(ちなみに、実際に社会で使われるルール(法律)そのものを縛るものだからこそ、憲法の改正には厳しい条件が付けられています。)


そんな日本国憲法に、「表現の自由」を保護する規定があります。

仮に国旗損壊罪が成立したとすれば、この表現の自由と真っ向から対立するでしょう。

例えば、政府に対する抗議で日本国旗を燃やした人がいたとします。その人が、公共の掲揚された国旗を燃やしたのであれば、他者の所有するものを傷つけた行為が罪となります(器物損壊罪)。しかし、周りに危害を加えず、自分の所有物を燃やして行った抗議に対して、「国家の名誉を傷つけた」として罪に問われれば、その人の表現行為そのものが罪であるとしてしまうからです。

今回、保守系グループの議員の方の声明で、アメリカの事例が出されていました。確かに、アメリカには国旗損壊罪(正式には「国旗保護法」)がありますが、最高裁判所で表現の自由に反するとして違憲の確定判決が出ています。

捕まった人が無罪になった事例の一つ、アイクマン事件での判決の一部を以下に紹介します。

「国旗冒涜が多くの者をひどく不愉快にさせるものであることを、われわれは知っている。しかし、政府は、社会が不愉快だとかまたは賛同できないとか思うだけで、ある考えの表現を禁止することはできない。国旗冒涜を処罰することは、国旗を尊重させている自由、そして尊重に値するようにさせているまさにその自由それ自体を弱めることになる。」

(出典:「日の丸・君が代」強制拒否訴訟における土屋英雄筑波大学大学院教授の意見書より)


・「国旗損壊」の範囲は?

ここまでの問題点を仮にクリアしたとして、今度はこの法律の範囲について考えなければなりません。

おそらくこのあたりは、これまで、もしくは今後、議員の方々が議論を進めることでしょう。

改正案の要綱は以下の通りです。

日本国に対して侮辱を加える目的で、国旗を損壊し、除去し、又は汚損した者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。

「国旗」の定義が問題となります。この定義の取りようによっては、「国旗損壊」の範囲が著しく広くなったり、逆に狭くなったりするからです。

もともと日本の国旗は、寸法を法律で定めているので、国旗損壊罪がその「国旗」を指すのであれば、違う寸法の日本国旗はOKということになります。

逆に広く、「白地の真ん中に赤の丸のもの」とかに定義してしまうと、日の丸弁当を食べることも犯罪になってしまうかもしれません笑

一見変な議論に思うかもしれませんが、どこまではOKで、どこからはダメなのか、ということを明確に定義することが必要なのです。



おわりに

いかがでしたでしょうか。思いの外長くなってしまいました…。

賛否いろいろあると思いますが、個人的にはこのニュースを機に、法律に興味を持つ方が増えたらうれしいです。

私自身、大学で学んだ知識と、改めて調べた知識を使ってこの記事を書きましたが、もしかしたら説明が不十分な箇所や、不適切な部分があるかもしれません。

そうした箇所があれば、ぜひ教えていただきたいと思います。ご指摘を受けましたら、一部訂正などの処置を検討したいと思います。

ここまで読んで頂きましてありがとうございました。


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