統合失調症

病と恋愛事情 三話 診断結果

初診の俺。かなり、待たされた。でも、診てくれた医師は低姿勢で好感が持てたので文句は言わないことにした。そして、症状を伝えると病名が言い渡された。

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 結局、夕方まで待って、何度も受付の職員や外来の看護師にいつまで待たせるんだというような文句は言ったけど、結局この時間まで待たされたということは、なんの効果もなかったということだと思う。

初診の患者は常連の患者より待たなければならないということは明確になった。

 患者もまばらで、入院患者なのだろうかスリッパで歩行器を押しながらこちらにやって来るばあさんが目に留まった。俺はヨボヨボと頼りない足取りのそのばあさんを見ていると、俺の横に来て椅子に座った。
「はあ……。入院は嫌だねえ……。全然自由じゃない。」
 俺は黙って聞いていた。このばあさん、呆けているわけでもなさそうだし、初めて会う相手になにぼやいてるんだ? と思った。
「お兄さんはアレかい、診察かい?」
「そうだよ。ばあちゃん、部屋に戻らなくて大丈夫? 看護師が探してるんじゃないの?」
「ワシの心配なんかする看護婦はいないと思うよ。こんな老いぼれ……」
 このばあさん、いったいどうしたんだ。様子がおかしい。そこに、階段のあるほうから中年の男性看護師がやってきた。
「立井さーん。勝手に出て行っちゃだめじゃないですかー」
 このばあさん、立井っていうのか。やっぱり看護師が心配してたじゃねーか。あんなこと言ってたけど。
「ワシのことは、放っておいてくれ! 近いうちにワシはあの世にいくからいいんだ!」
「そんなこと言ってないで夕食だよ」
 看護師は辛抱強く説得しているが、なかなか立井のばあさんは頑固で応じようとしない。
 それを尻目に俺はようやく呼ばれて、診察室一に入った。
「こんにちは。初診の伊勢川)晃(いせかわあきら)さんですね。お待たせしてすみません。私は精神科医の安藤といいます」
 俺の目の前にいる医者は低姿勢なので少し好感が持てた。なので、文句のひとつでも言ってやろうかと思ったがやめておくことにした。だが、具合いは今朝より悪いので苛々が募ってはいた。
「この病院、ずいぶん混んでるね。人気あるんだね」
 若干、髪が乱れて白髪混じりで顔にも皺のある安藤医師は、
「人気があるのかどうかはわかりませんが、医師不足なのはどこの精神科の病院も確かだと思います。でも、この病院がなくなることはないので安心してください」
「はい」
「では、診察始めますね。どうなされました?」
 安藤医師は、変わらず丁寧で柔らかい口調で話している。
「今日、来たのは変な声が聞こえてくるのと、被害妄想というんですかね? それがひどくて具合いも悪くて来たんだ」
 目の前の医師は、まじまじと俺の顔を見ている。表情からなにか読み取ろうとしているのだろうか。
「聞こえてくるのは、人のいるところや、なにか物音がするところではありませんか?」
 俺は考えた。人のいるところと物音のするところ。
「聞こえてくるのはだいたい一人でいる時。職場の事務所とかが多いよ」
「聞こえてくる具体的な内容までは言わなくて結構ですのが、その声は嫌な内容ですか?」
「……そうだね。暗くて嫌な内容だね……」
 俺は聞こえてきた内容を思い出して、より調子の悪さを感じた。
「そうですか。それはつらいですね」
 俺はうなずいただけだった。
「被害的な妄想はどんな内容ですか?」
「そうだねえ……。さっき思ったのは、普段はフケなんかでないのに、頭をかいたらパラパラとフケがおちて、俺禿げるのかなあと思ったり、人の目がすごくきになるとか、悪口を言われているような気がする」
 安藤医師は、うんうんとうなずきながらカルテに俺が言ったことを書いているようだ。そして、こう言った。
「伊勢川さんの病名は、統合失調症だと思います。お仕事は、どんなことをされていますか?」
「接客業だよ。コンビニの店長やってる」
「そうなんですね。それは責任重大ですね。でも、とりあえず様子を見るという意味で三日分のお薬を出しますが、四日後来れますか?」
 俺は、たった三日分か、と思った。
「一週間分くらい薬出せないの? 俺も調子は悪いけど、そんなに休んでらんないからさあ」
 医師は考えている様子で、ボールペンを眉間にくっつけている。
「一週間分ですか。わかりました。ただひとつ、忠告しておきますが仕事中、症状がひどくなるようなら受診してください。わたしがいる曜日のほうがいいのですが、いなくても伊勢川さんの症状はカルテに書いてありますので、他の医者でも対応できますから」
「わかった。よろしくお願いします」
「お大事に」
 安藤医師は一言そう言って、カルテを見つめている。

 俺が自宅に着いたのは、あれから会計を済ませ、調剤薬局で薬ができるのを約三十分待って、今、十八時ごろだ。

 俺はへとへとになっていたので、食べたくないが食べなくてはいけないと思い、冷蔵庫にあるもので夕食を軽く済ませ、薬を飲んで布団に入った。

寝るには早いせいか、なかなか寝付けない。枕元にある置時計を見ると、まだ十九時過ぎだった。

調子は悪いし、今さっきまた嫌な声は聞こえるし、眠りたいのに寝付けない辛さで俺は発狂したくなった。

それを堪え、俺は布団から出た。何もしたくない……。いっそのこと消えてしまいたい……。そんな思いに駆られていた。

すぐに怠くなって茶の間にだらんと横になった。俺の頭にある言葉が浮かんだ。

死にたいなあ

本気でそう思った。

 気付いたら翌日の早朝三時だった。眠ったようだ。

俺は昨日の暗い気分を払拭できずに目覚めた。

喉が渇いたので台所に向かい、コップに水を蛇口から注ぎ、一気に流し込むように飲んだ。思わずむせてしまった。苦しい……。

俺はこの先、生きていけるのか。
そんなことを想いながら、俺は布団に入った。

 これまでが、七年前の俺。
今はだいぶよくなったが。

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