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「日記」の誘惑 | 20210710 | #フラグメント やがて日記、そして詩。01
なぜ、「日記」に惹かれるのか?
紀貫之が「土佐日記」を書いてからというもの、『蜻蛉日記』や『更級日記』といった王朝女流日記が栄え、近代においても自然主義的な〈私〉性を高める装置としての「日記」が書かれ続け、そして、いまではそれらが「読まれ」続けている。
さらに、現代においては誰もが嬉々として「日記」をさらけだしている現状を、どのように受け取ればよいのか。そして、ほかならぬ、僕自身が、「日記」を書く欲望にとらわれつづけていること。それをこれから、こうして、さらけだそうとしていること。これはいったいどういうことなのか。
思考の形跡を遺すこと、何かが積みあがっていくことの心地よさ、そうした後付けの理由はいくらでも考えつくことはできるが、本質的な「日記」の魅力はどこにあるのか。
そしてそれが、「日記文学」などというジャンルを形成してきた背景には何があるのか。そもそも、「日記文学」というジャンルの形成自体が「大正時代」であるという説もあるし「私」に文学性を見出した「自然主義」の運動とともに形成してきたという見方もあるが、根本的な日記の「誘惑」の部分を語り落としているような気がする。
なぜ、「私」を執拗に記述したくなるのか。
ここにはいくつかの欲望が潜んでいる。その一つは「記録」的な側面だろうが、「日記」の欲望は「読まれる」ことではなく「書く」ことにある。そもそも、「読まれる」ことを想定していないものが「日記」の本質的な側面である。孤独なモノローグと、自らとのダイアローグこそが「日記」の記述行為の意義であろう。
そしてそれは「現実(リアル)」の「日時」とともに存在するがゆえに、限りなく「記録」「現実」的な側面を強めていき、それらが積み重なることによって自らの「歴史」が創出されていくこともその魅力の一つである。
ところが、このモノローグ自体に、ある「快楽」と「うしろめたさ」がある。それは、だんだんと「虚構」の「私」を形成できることである。
「書く」以上は、そして、「日記文学」の存在を知る書き手は、いつか、だれかに(それは自分かもしれない)「読まれる」ことを意識している。
それゆえに、ここで書かれる「私」は書くことができた「私」に他ならず、その時点で、書くことのできる「私」の創作という「快楽」があるとともに、書くことのできない「私」を現出する「うしろめたさ」に苛まれることとなる。
つまり、「虚構」の「歴史」の創出行為こそが「日記」の「誘惑」そのもののような気がする。そしてそれは、そのまま「創作行為」でもある。
日々の断片が積み重なることによる「物語性」の現出。
これは「小説」たりうる。
そして、「書くこと」が主、「読まれる」ことが従の関係性であること、何か、閉じられた言語行為であること、日々の断片(フラグメント)を再構成する目が「喩」を形成する。
これは、「詩」たりうる。
「詩における言葉はいわば沈黙を語るためのことば、沈黙するためのことばであるといってもいいと思います。もっとも語りにくいもの、もっとも耐えがたいものを語ろうとする衝動が、ことばにこのような不幸な機能を課したと考えることができます。」(石原吉郎「沈黙するための言葉」より)
語りえない「私」を語ろうとすること。語りえない「私」を語らないためのことばを書くこと。それが「日記」であり、それが「日記」の「文学性」であるところの、すなわち「詩性」なのかもしれない。
そんなことを考えてみている。
こうして、ゆっくりと文章を書いたのは久しぶりだ。物理的なノートには日々の断片(フラグメント)はたくさん書かれている。だが、ここで、書きたかった。
それが、どんな欲望であるかはまだわからない。「承認欲求」といってしまえばそれまでの、つまらない欲望であるとも言えるし、掘り下げれば「日記」の本質的な側面をあぶりだすことにもなるだろう。
建前はこれくらいにして、思考(試行)の形跡を遺していこうと思う。
今日はモデルナワクチンの一回目を接種した。
この未知のワクチンが、今後身体にどんな影響を与えるのかわからない。死者もいるという話を聞くと、死ぬかもしれない、とちょっと思った。そういう生きた形跡を遺したいという欲望もあるのかもしれない。
そういうことで、また、生きていたら逢いましょう。
なんて、「読まれる日記」のはじまりです。
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