かぶとむしのゼリー
100円均一の店に、かぶとむしのエサが置いていなかった。あの黒蜜味の昆虫ゼリー。
夏の初めに、夫がかぶとむしをもらって帰ってきた。知人の自宅近くでよく捕れるらしく、毎年恒例で分けてくれるのだ。去年と同じ虫かごに入れてやり、今年もまた一月もせず死んでしまうのだろうなあと、可哀想なことを思いながら世話をした。
いつ死んでしまうかわからないので、エサは無くなったら都度買い足す、という方針をたてたのは、夫だ。飼い始めは大袋を買っていたが、それが尽きた後は、100円均一で12個入のものを買うようになった。無くなるたびに買いに出るのは面倒ではあったけれど、100均なら近くに数軒あるので、ホームセンターに買いに行くより楽だった。
9月に入った頃、夜にエサのゼリーを交換しながら、「まだ生きてる」と確認するのが日課になった。
夜中に聞こえていた活動音が減り、明らかに最初の頃より元気はなくなっていた。エサを交換するついでに胴をつかんで持ち上げると、かぶとむしは手足をバタバタさせた。その何とも言えない力加減に、いつも少し怯んでしまう。胴体から伝わる生き物の力強さ。「生きてる」と確認するように口に出した。
まだ生きてるから、またゼリーを買いに行かなくては。
「もう1ヶ月以上生きてるよ。長生きだね」
朝起きて私が子どもに伝えると、子どもは嬉しそうに「黒蜜味のゼリーにしたからちゃう!?」と笑顔になった。
黒蜜味の昆虫ゼリーは、何袋目かのとき、いつもと違う100均で夫と子どもが一緒に選んできた。今まで買っていたフルーツ系のカラフルなものではなく、ただ茶色のみの無骨なゼリーだったが、かぶとむしはこれをよく食べた。気持ちいいくらい毎晩空っぽになっていたので、それ以降は同じものを買うようになったのだった。
100円均一に行くと、昆虫採集や飼育のための道具は店の奥に引っ込められていた。もう9月も中旬に入っている。店に入ってすぐ、季節ものの棚にはハロウィングッズが並んでいた。
虫のむの字もない。どこに昆虫の飼育用品があるか、店内をうろついてやっと見つけた場所は、〈ペットコーナー〉だった。ペットと言えるのか? と違和感を覚えつつ棚を探した。昆虫マットと虫かごしかない。棚をぐるりと見渡す。金魚のエサ、犬用のおもちゃ、釣りのルアー……生き物に関わるものは全て〈ペットコーナー〉なのだなと思いながら眺める。雑多な商品棚の中に、昆虫ゼリーはなかった。
夏は終わったようだった。まだ残暑が厳しいけれど、昆虫たちの季節は終わっていたらしい。
他の店舗でも何度か昆虫ゼリーを探したが、やはり在庫切れだった。100円均一だけかもしれない。ホームセンターや昆虫専門店のようなところでは年中置いてあるのかもしれないが、わざわざ確かめに行っていないのでわからない。大袋を買う勇気もない。
ネットで「かぶとむし エサ 家にあるもの」という検索ワードで調べてみた。バナナがいいと書いてあり、ちょうど家に黒くなりかけているバナナがあったので、かぶとむし用にスライスして置いておくことにした。
さっそく一切れ入れてみようと、ケースの蓋を開ける。マットの上にいるかぶとむしを、いつものように胴をつかんで持ち上げてみた。うごうごと手足が動く。私はその力強さを指先に感じて、やっぱり少し怯んだ。
かぶとむしは、まだ生きている。