詩「つなぎとめるもの──クロウへ」
つなぎとめるもの――クロウへ
誰もなく何もないのに、あらゆるものが響いている――不思議な浜辺からコンクリ色した水の上を(もたりとした質量の水面を)歩いてゆくものたちの姿を私は視た。
私は翼をもたないから、代わりに眼球を放り投げて歩くものたちの様子を覗いた。そのものたちと共にいくことを拒んだ私の卑怯な隙見を笑ってくれる烏もここにはない。
私は視た。そのものたちは視界の果てから果てまでを(まるで一つの道があるように)整列して進行していた。しかし、きびきびとはせず重い足取りである。時折、細い腕で難儀そうに塩辛い水を掬って啜る様子が僅かに観察できた。
なにか言わないかと耳をそぎ落として、水の上を石みたいに跳ねさせた。しかし言葉はなかった。なにか応答はないかと唇をちぎり、水の中を軟体動物のように泳がせた。それでも言葉はなかった。
どこまで行くのか聴きたかった。なんのために歩むのかも。仕方なく私は観察を続けた。
太陽の面を被る者、裏返された服を着た幼児、 恐竜、骨、迷彩服を着たもの、甲虫、雛罌粟、スキットル、水葵、哺乳瓶、栗蟹、焼肉店、手榴弾、幽霊団地、加熱用豚肉、保険証書、信号機、難解なパズル……数えればキリがなかった。
そのものたちは何もかもが(足をもたないものすら)自立して進行していった。一列をなしているのに、何もかもが何ものにも頼ることなく進行を続けていた。
こんなに哀しいことはなかった。
私の浮かぶ眼球には涙が滲み、その重みによって水の中へ沈んでいった。耳も口も喪った。そうして暖かな毛布に包まって目覚めた。
私は本当には目も耳も口も喪うこともなく目覚めた。それは甚だ悪行であるように感じられた。夜の寒風に突き刺されたい欲望に負けて外出した。
多摩川の土手に上がって、川を見つめた。颱風ハギビスはこの足元まで水を迫り上げた。荒々しかった川も今は鎮まっている。夜闇をたらふく吸い込み、反射する光をペラペラと水面で遊ばせている。
「神の影」と誰かの声が聞こえた。
私は声の主を探した。川面を眺め、ぐるりを見渡し、頭上に目を走らせた。けれど厳しい風の音が響くばかりだった。声は探すことを諦めると続いた。姿ではなく響きを記憶するように、と命じるように。
栄光によって私たちには影が生まれた
神様のお作りになられた影だ
あなたは水の面を歩かれた
私たちは水の面を歩かされた
私たちは光と影を
――つなぎとめるもの
記憶する。そして記録する。耳に寄せては打ち返す霊や魂――今でも大気中に流れる数多の声の残滓。神様の不可解な行動に対抗して、烏によって応答を続けた詩群のことを東国の片隅で想いながら、言葉を探し求める。
「神の影」と呟いてみる。見えなかったものを見定めていく――そのために。