
レポート「「囁く」と「呟く」の違いについて」
※ 大学時代のレポート。
どちらも声を出す動詞であるがどういった共通点が、どういった相違点があるのだろうか。そのことについて調べた。
つぶやきシローという小言を言って笑いをとる芸人がいるが、なぜ彼が「ささやきシロー」ではなく「つぶやきシロー」なのかがわかるかも知れない。
① 広辞苑・新明解国語辞典で調べてみる
広辞苑
○ 囁く(私語く)
1. 声をひそめて話す。
2. ささめく。
3. ひそひそと噂をする。
○ 呟く
1. ぶつぶつと小声で言う。
2. くどくどとひとりごとを言う。
新明解国語辞典
○ 囁く
ごく小さい声で物を言う。[声帯を振動させずに物を言う意にも用いられる]
○ 呟く
小声でひとりごと(不平)を言う。
①での考察:新明解国語辞典での「呟く」は不平を言う、と記述されているが、本当に不平の内容しか呟くことはできないのか?
② 時制による違いはみられるだろうか?
○ 現在形
(1) 王太郎は囁く。 ?
(2) 王太郎は呟く。
(3) 王太郎は囁いている。 ?
(4) 王太郎は呟いている。
(2)(4)は特に問題なく自然な文である。しかし、(1)(3)は少々不自然な文に感じる。
○ 過去形
(5) 王太郎は囁いた。 ?
(6) 王太郎は呟いた。
(7) 王太郎は囁いていた。 ?
(8) 王太郎は呟いていた。
(9) 王太郎は先程まで囁いていた。 ?
(10)王太郎は先程まで呟いていた。
(6)(8)(10)は自然な文に思えたのだが、(5)(7)(9)は少し不自然な印象を受ける文であった。
○ 未来形
(11)王太郎は囁くだろう。 ??
(12)王太郎は呟くだろう。 ??
(13)王太郎は囁いただろう。 ??
(14)王太郎は呟いただろう。 ??
未来形はいずれも不自然な文に思える。「囁く」や「呟く」という行為は未来に起こるだろうと推測できないのだろうか?
※追記:②での例文における主語は全て三人称となっている。一人称「私」、二人称「あなた」での例文による検証をしていない。念のため、一人称、二人称での例文を作り、検証してみたけれど、やはり文としての要素が足りず、未完成のように思えたので?としたことを追記する。
②での考察:「主語+動詞」だけでは囁けない?現在形・過去形では呟けるけれど、未来形では呟けない?
③ ②での疑問を解決<目的語を加えてみる>
○(1)(3)「現在形の囁く」、(5)(7)(9)「過去形の囁く」、(11)~(14)「未来系の囁く」について
これらの文に「目的語+に、を」を加えてみる。
「目的語+に」
(15)王太郎は夏彦に囁く。
(16)王太郎は夏彦に囁いている。
(17)王太郎は夏彦に囁いた。
(18)王太郎は夏彦に囁いていた。
(19)王太郎は先程まで夏彦に囁いていた。
(20)王太郎は夏彦に囁くだろう。 ?
(21)王太郎は夏彦に呟くだろう。 ??
(22)王太郎は夏彦に囁いただろう。 ?
(23)王太郎は夏彦に呟いただろう。 ??
(15)~(19)は「目的語+に」を加えることで自然になった。(20)~(23)が不自然なので、未来を表す言葉を加えてみる。
(24)いずれ王太郎は夏彦に囁くだろう。
(25)いずれ王太郎は夏彦に呟くだろう。 ?
(26)あのとき、王太郎は夏彦に囁いただろう。
(27)あのとき、王太郎は夏彦に呟いただろう。 ?
(24)(26)は自然な文となった。(25)(27)は不自然なままであった。なお、(24)(26)については、以下のように推量形にするともっと自然な形となる。
(28)いずれ王太郎は夏彦に(なにかを)囁くのだろう。
(29)あのとき、(恐らく)王太郎は夏彦に(なにかを)囁いたのだろう。
「目的語+を」
(30)王太郎は夏彦を囁く。 *
(31)王太郎は夏彦を囁いている。 *
(32)王太郎は夏彦を囁いた。 *
(33)王太郎は夏彦を囁いていた。 *
(34)王太郎は先程まで夏彦を囁いていた。 *
(35)王太郎は夏彦を囁くだろう。 *
(36)王太郎は夏彦を呟くだろう。 *
(37)王太郎は夏彦を囁いただろう。 *
(38)王太郎は夏彦を呟いただろう。 *
「目的語+を」では(30)~(38)まで全てまったく不自然な文になってしまった。なぜ、「目的語+に」は文が成立するのに「目的語+を」は成立しないのかはわからなかった。けれど、「囁く」には目的語が必要らしいということがわかる。逆に「呟く」には目的語は必要ないのではないかと思う。
③での考察:「囁く」には対象が必要であり、「呟く」には対象物が必要ではないようである。理由はわからないが「目的語+を」は全く囁けそうにも呟けそうにもない。
④ ③での疑問を解決<目的語の対象を変えてみる>
「囁く」には本当に対象は必要であり、「呟く」には本当に対象は必要ないか?
○ 対象が人間以外の生物
(39)王太郎は鳩に向かって囁いている。 ??
(40)王太郎は鳩に向かって呟いている。 ?
(41)王太郎は紫陽花に向かって囁いている。 ??
(42)王太郎は紫陽花に呟いている。 ?
(39)~(42)はありえなくはないが、少し不自然なように感じる。「囁く」および「呟く」は小声で何かを言うイメージがある。動植物に小声で話しかけるイメージは沸かないように思える。
○ 対象が無生物
(43)王太郎はテーブルに向かって囁いている。 ??
(44)王太郎はテーブルに向かって呟いている。 ?
(45)王太郎はショートケーキに向かって囁いている。 ??
(46)王太郎はショートケーキに向かって呟いている。 ?
(43)~(46)もありえなくはないが、あまりなさそうに思う。
(39)(41)(43)(45)の囁くを??、(40)(42)(44)(46)の呟くを?として、不自然の度合いを変えた。これは返答してこない相手に対して、何か小言をいうときの表現としては「呟く」の方が適切であるように思えたからである。
また、文の要素を加えていくと不自然さがなくなるように思えるので試してみた。
(47)王太郎は何気なく鳩に向かって呟いた。
(48)王太郎は何気なくテーブルに向かって呟いた。
(40)(44)よりは自然な文になったように思える。更に、対象物を録音用の無生物に変えてみる。
(49)王太郎はボイスレコーダーに向かって囁いた。
(50)王太郎は録音テープに向かって呟いた。
多少、不自然のように感じるが、「囁き・呟きの音を録りたい」という場面などでは自然であるように思える。
④での考察:「呟く」ために対象物は特に必要ではないが、絶対あってはならないとまではいえない。基本的には人物にしか囁けない?文の要素を増やすと、不自然さが薄れる。
⑤<対象物を変えてみる>
○ 対象物が生物
(51)囁く人
(52)呟く人
(53)囁く鳥 *
(54)呟く鳥 *
○ 対象物が無生物
(55)囁く部屋 *
(56)呟く部屋 *
やはり、囁き・呟きは人に対してするものであるようだ。中島みゆきの曲に『囁く雨』という作品があるが、これも日本語学的表現としてはおかしいように思う。文学的表現であるようだ。このように文学的表現を加えれば、少々無理矢理ではあるように思われるが以下のような表現もできそうである。
(57)囁くようにさえずる鳥 ??
(58)呟くように軋む部屋 ??
しかし、場面や対象物が限定されるので、やはり、正式な使い方ではないように思う。
⑤での考察:囁き・呟きは人間を対象としている。
⑥何を囁く?何を呟く?
⑤での考察に倣って、人間を対象にして、囁き・呟きの内容を加えてみる。
○ 囁き・呟きの内容を曖昧にしてみる
(59)王太郎は夏彦に何かを囁く。
(60)王太郎は何かを呟く。
○ 囁き・呟きを擬音語で表す
(61)王太郎は夏彦にヒソヒソと囁く。
(62)王太郎はブツブツと呟く。
○ 囁き・呟きの内容を明らかにする
(63)王太郎は夏彦に「ショートケーキ食べたいですね」と囁いている。
(64)王太郎は「ショートケーキ食べたい」と呟いている。
○ 囁き・呟きの内容を悪口(不平)にしてみる
(65)王太郎は夏彦に「世界なんて滅べばいいですよね」と囁いている。
(66)王太郎は「世界なんて滅べばいい」と呟いている。
(59)~(66)は全て自然な文である。「囁く」にはある限定された人物の耳元で声を小さくして何かを言うイメージがあるように思える。なお、人物は一人とは限らないが、そう多人数ではないように感じる。囁きは小さな声なので少人数と考えていいだろう。一方「呟く」というのは対象がいないので小さな声で独り言を言っているイメージがある。
①における新明解国語辞典「呟く」の記述に対しての疑問を解消するために(63)~(66)を作って、検証してみた。確かに「呟く」は不平不満を言うときに使用したときの方がしっくりくるように思う。しかし、だからと言って、特に不平不満を言うだけの言葉ではないように感じたので、(64)も自然な文とした。
○ 囁き・呟きの内容を繰り返してみる
(65)王太郎は夏彦に「ショートケーキ食べたいですね、ショートケーキ食べたいですね」と執拗に囁いている。 ??
(66)王太郎は「ショートケーキ食べたい、ショートケーキ食べたい」としきりに呟いている。
(65)のように囁きという行為を何度も繰り返すというのは少し不自然なように感じる。
一方、(66)のように呟きとは独り言であるので、何度繰り返そうとも不自然ではないだろう。
⑥での考察:囁きは人に対して、小声で喋るものであり、情報伝達の意思がある。呟きは誰ともなく声を出す、いわゆる独り言であり、情報伝達の意思はない。
⑦まとめ
○ 共通点
何かを小声で言う。
○ 相違点
「囁く」情報伝達の意思がある。伝達する対象は少数の特定された人物である。伝達の意思があるから、同じ内容を何度も繰り返さない。文の中に囁く対象がいたり、囁いた内容があったりする方が自然な文になる。
「呟く」情報伝達の意思がない独り言である。故に、囁くとは対称的に呟きは聴く対象者を特に必要としない。又は、不特定多数の人物を対象にしていると考えられる。
⑧おまけ<つぶやきシロー>
まとめで提唱した「囁き」と「呟き」の見解に照らし合わせると、つぶやきシローは自分の小言ネタを伝達する意思がないということになってしまう。この見解だけでは結局なぜ彼が「ささやきシロー」ではなく「つぶやきシロー」なのかはわからなかった。
私の考えでは恐らく、「囁き」は情報伝達の意味があるといっても対象は少人数となるので、あえて不特定多数の人物を対象とする独り言の「呟き」を選んだのではないかと思われる。また、不平不満のような消極的なネタで笑わせるためということも考えられる。しかし、確証はない。
⑨今回の疑問点と課題
1. なぜ未来形では呟くことができないのか?
2. なぜ「目的語+を」の形がとれないのか?
3. なぜ「ささやきシロー」ではなく「つぶやきシロー」なのか?
4. 「囁く」「呟く」に似た動詞に「ささめく」という言葉があるが、これはどういった相違点があるのか?
⑩参考文献
広辞苑第五版(岩波書店)
新明解国語辞典第六版(参省堂)
?=疑問符