本日の主役
「遠藤さん、今日の主役ですから、誕生日席に座って下さい」
マジで嫌だったので「いや、それだけは勘弁して下さい」と拒否したのだが「そんなそんな謙遜なさらずに」のテンションで誘導され、座る事になった。営業マンの粘り強さには、毎度「狂気」を感じる。
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先日、得意先の担当者に「飲み行きましょう」と誘われた。僕は断った。僕は、酒を飲まない。「翌日具合悪くなる飲み物」を飲む意味が分からない。
断った理由は、それだけじゃない。正直、この人と今後関わる予定がない。なのでモチベーションもない。普通に帰って横になりたい。
断ってから約1ヶ月、誘われ続けた。凄い怖い。めげない彼の狂気に、こちらも負けず折れず、都度、巧みな言い訳を使い、回避し続けていた。
しかし、携わっているプロジェクトが終了するという事もあり「打ち上げは絶対行きましょうね」と「絶対」の圧をかけられ、ついには根負けした。
この1ヶ月「酒、飲まないんですよね」と何度も伝えた。なのに、僕の顔からなのか「酒が飲めない」は嘘だと捉えらており、恐ろしい事に「日本酒バー」に行くことになった。「地方の地酒が飲み放題」と、彼は嬉しそうにしていた。
18:30。予約した店に着いた。担当者の彼は先に到着していた。
ガラス越しに店の中を覗く。無垢材で出来た1枚板カウンター。中央にはシンボルとして、大間のクロマグロ魚拓。ショーケースに50種類近くの日本酒瓶。板に筆で書かれたメニュー。瞬時に理解する。魚介と日本酒のお店だ。
担当者の「入ろっか」の合図で、席に案内してもらった。通されたのは、6人がけの席。なぜか7脚の椅子。僕は「?」と思った。
彼は「今日、7人来るんだよね」と言い出した。思わず「え」と言ってしまう。しっかり嫌さが伝わる声を発してしまった。2人で飲む約束では?プロジェクトが終わり、打ち上げる為、頑張った僕たち2人で、労い合う会では?あなたと2人だったから、渋々了承したのだが、なぜ5人増えている。誰だ。
彼は「別の部署の人に声を掛けたら、みんな来たいと言うから仕方なく呼んだんだよね」と言っている。耳を疑った。なぜ別の部署に話をかけるんだ?「え、僕、面識ある方ですか?」と聞くと「どうだろ?多分知らないんじゃないかな?」と言っている。おい、マジかコイツ。
僕以外、同じ会社。それも、まあまあな大企業。僕だけ、カスみたいなフリーランス。これは、面倒臭い事になりそうだぞ。
そして彼は言う。「遠藤さん、今日の主役ですから、誕生日席に座ってください」冗談じゃない。「いや、それだけは本当に勘弁して下さい」「そんなそんな謙遜なさらずに」
狂っている。最悪な島に漂流した。
少し遅れて、2人やって来た。50代の男、20代の女。「誰だこの2人」と思う。向こうも向こうで、いの一番に到着し、誕生日席に「でん」と座る僕を見て「誰だコイツ」と言う顔をしている。間違っていない。まさかコイツ、僕の説明すらしてないのか?
恐る恐るアイコンタクトを送る。担当者の彼が「例の遠藤さんです」と紹介した。50代の男、20代の女、共に「…?」と、不思議そうな顔をしている。僕も「偉そうに誕生日席すみません。ちなみに誕生日ではないですよ」と繰り広げる。薄ら笑いを浮かべられる。
これで4人。全員揃ってないが、待つのもアレなので、飲み始める事になった。
この中で一番偉そうな50代の男。「生かな」と呟いた。担当者の彼と女「じゃあ僕も、私も」と迎合のビールを頼んでいる。僕は、飲みたくない。「ハイボール、薄めで」
50代の男、乾杯直後の一口「この為に生きている」と。何やら半日、液体を摂取していない様子。担当者の彼と女、拍手をしている。僕は、冷めた。薄めのハイボールを唇に付け、濡らす程度で留める事にした。
最初の30分、まだギリ楽しめた。全く知らない人たちなので、心底どうでもいい「身の上話」で会話は進む。感情の無い問いに、感情の無い答え。算数の時間に読んだ「たかしくんの帰り道」の方が、まだ楽しい。が、それでも「ギリ楽しい」という感想を持てた。
次第に、遅れていた人たちが集まり始めた。「そこそこ偉そうなダブルスーツの男」到着。その20分後「飲み会に参加する事が珍しいミステリアスな男」到着。その20分後「仲間と一生飲んでいたいひたすらに明るい男」到着。
都度、到着した人の話で盛り上がる。
なぜコイツら、纏めて現れない。そういう虫なのか?
全員が揃った頃には、盛り上がりはピークを迎える。誕生日席に座る僕の事など忘れ。
すると、身内話にブーストが掛かった。「今の決済システムは良くない、改善すべきだ」「社員の勤怠の付け方に個人差があり、管理が行き届かない」「発注は本来、誰が担当するのがベストなのか」「売上確保の為には仕様がない犠牲」「噂によると、浅井部長が飛ばされた理由って…」おい、誰だ。
あぁ、面白くない。コレだから僕はサラリーを辞めたのだ。
「仕事終わり」になぜ「仕事の話」をするのだ。
彼らの人生「9割」が仕事が占めている。それが全てと思っている。
「9割を担う自分」しか育っておらず、残り1割の「人間の部分」が育ってない。そう見えてしまう。残りの1割が面白いのに。
あぁ、面白くない。
彼らは楽しそうである。この状況、何が恐ろしいかって、飯が一向に出てこない。そして、押しボタンが無い。入り組んだ店内、端のテーブルの為、店員がなかなか通らない。何も頼めない。
僕の目の前には「貝」。僕は貝が食べれない。
唯一食べたい、手作り海苔巻き。「マグたく』や「漬けマグロ」を巻くやつ。美味しそうだなあ。誕生日席の僕から、1番の離れた場所にある。大企業の営業マンたちが白熱する中、カスフリーランスの身分の僕、身を乗り出し、海苔巻きを握る。そんな勇気は無い。「マグたく」の海苔巻きに「漬けマグロ」も入れちゃうような実験をする勇気は無い。遠いなあ。
弱い自分が悔しい。みんな、浅井部長は良いからさ、米と海苔が乾いていっているよ。そう思いながら、まだ1杯目の「薄めのハイボール」で唇を濡らす。
その時、50代の男が救いの一手をくれた。趣味の話を始めたのだ。
聞くと彼は、相当な「三国志フリーク」らしい。「夜な夜な、三国志の資料を読み漁って、嫁と子供に変な目で見られてるんですよね」という。周りの部下たち、50代の男に迎合し、話に食いつく。気分が良くなった50代の男「赤壁の戦いのキッカケは何でしょうか?」誰も知らない。50代の男、彼は三国志の変態のようだ。
しかし、僕としてはありがたい。変態は「人間の部分」だ。大好き。
僕も、三国志は触りしか知らない。が、いくらでも広げられる。開始から1時間半、やっと楽しい時間が来た。
「やっぱり三国志を好きになったキッカケは、関羽とか諸葛孔明なんですか?」と質問した。すると、横にいた20代の女「三国志、知らないです」と不躾に話をカット。若い不機嫌な女にビビる男たち。そして浅井部長の話が復活した。
僕はまた、1人になった。
そこから3時間。僕はひたすらに「人間の部分」を観察して遊んだ。1人1人のジョッキの持ち方、話をしながらする無意識のジェスチャー、浅井部長の話中の瞳孔の開き具合。興味のないおじさんを、ひたすらに観察した。
本日の主役、誕生日席。
次々に知らない人の話、主役はそいつに変わる。僕は、舞台上で無視され続けるバレリーナ。
23時。閉店とともに解散した。