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3日で100冊購入!世界への抵抗としての積読/積読インタビュー vol.5・野生の批評家・脱輪さん

「3日で100冊の本を買った」と語るのは、野生の批評家として映画批評を行う脱輪さんだ。

蔵書は積読だけでも数千冊。部屋に本があるというより、本の部屋に自分が住んでいるというような状況だという。

3日で100冊の本を買ったとはどういうことなのか。そしてそもそも、なぜ彼はそんなにも本を買うのか、その理由を尋ねた。

本の部屋に自分が居候している


それはある日、近所の商業施設に足を運んだことがきっかけだった。

その施設内には新刊書店があったのだが、その書店が閉店。そしておそらくその空いた場所をなんとか有効活用するために、期間限定で古本屋ができていた。

そこには、1960年代のグラビア雑誌や、映画雑誌、映画パンフレットなどが雑多に置かれていた。全国から、メルカリやブックオフでは売れないものをかき集めた「世界の墓場のような古本屋」だったという。

墓場のようとはいえ、映画批評を行う脱輪さんにとっては、古い映画パンフレットが1冊100円で売られていたその古本屋は、宝の山でしかなかった。

「そこで映画パンフレットを70冊買ったんですよ。ほんとはもっと買いたかったんですけど、持ち帰るのにも限界があるから泣く泣く厳選して70冊にしました。これでも欲しかったものの3分の1くらいです。で、このあとの2日間で、仕事帰りにブックオフに寄って30冊くらい買った。そしたら100冊になってました」

とはいえ、さすがにこれは例外。普段購入するのは、1週間に10〜20冊程度だ。それでもかなり多いような気がする。週10冊として見積もっても、1ヶ月で40冊、1年で480冊増えると思うと……こちらの方が恐怖かもしれない。本好きとしてはそれだけの本に囲まれるのは幸せなことでもあるが、場所を考えると幸せばかりではなさそうである。脱輪さん自身も、「もう何冊あるかなんて考えたくないです」と話していた。

10年ほどはこのような形で本を買い続けているというので、「お家は大邸宅ですか?」と聞いてみると「普通の家ですよ。実家住まいなので、親に『床が抜ける』っていつも苦言を呈されてます」とのこと。今のところは自室内に収まっているというが、それでも壁はすべて本で埋まっている。

「ストレッチする時とか困るんですよ。壁に手ついてって言われてもつく壁がなくて(笑)もう、空いてるところがあったら『ここに本置けるな』としか思わないし、僕の部屋というより、本の部屋に僕が寝てるって感じです。占有面積的にも、圧倒的に本が場所取ってますしね」

奥にも本の山が見え、占有されっぷりが窺える

研究室であり自室でもある部屋


この本に埋もれた状態について、「すでに死ぬまでに読みきれない量あるんです。それなのにどんどん増えていく。もうアホですよ。頭が悪いとしか思えない」と笑う脱輪さん。なぜ、そう言いながらも、こんなにもたくさん本を買うのだろうか。

その理由のひとつは、脱輪さんが映画批評を行っているからだ。批評をはじめる以前の大学時代は、ただの愛好家として小説や文学を中心に読んでいた。その頃もたくさん本を買ってはいたが、「たかが知れていた」。

しかし、在野で映画批評をはじめてからは、本はただ楽しむものから、資料でもあるものへと変わっていった。映画研究者たちにはまだまだ及ばないが、感覚は研究者と同じ。研究者が資料を集める感覚で本を買い、さらに単純な趣味としても本を買う。研究者なら資料は研究室にあるだろうが、彼の場合は、そのどちらもが家にあるので部屋が本で溢れるのは自明とも言える。

雑さが生む豊かさが失われた


しかし、脱輪さんがこうして“一生かかっても読みきれないほどの本”を部屋に抱えるのは、ただの批評の手段としてだけではない。そこには、「この社会に抵抗したい」という彼の切実な想いがある。

脱輪さんが抵抗したい社会とは「せどり感覚」ですべてがジャッジされる世界だ。この「せどり感覚」とは、極めて資本主義的な経済感覚、平たくいえばコスパ感覚を指す。

彼はこの変化を象徴する例として、ブックオフの値付けの変化を挙げる。

ここで言及されているように、ブックオフでは以前は本を質ではなく量として扱っていた。判断するのは状態のみで、本の内容や質を考慮せず値付けを行っていたという。

だからこそ、価値の高い内容が記されていて古書店では高く取引されている本でも、装丁が汚れていたりカバーがなかったりといった理由で、ブックオフでは驚くほどの安価で売られていることがあった。そしてその本の価値を知るマニアたちは、自らの選球眼を発揮して、価値の高い本を手に入れることができた。そしてそれがとてもうれしかったのである。

こう聞くと「高い本を安く買えたから得できてうれしかったんだな」と思う人もいるかもしれない。そうではない。その得したという感覚こそが脱輪さんの言う「せどり感覚」だ。

彼らがうれしさを感じていたのは得できたからではなく、「この店にいる人で、この本の価値をわかるのは僕だけなんだ」と感じられたからだ。

これは、「この人の良さはわたしだけが知っているんだ」「この人はわたしが見出したんだ」という恋愛のときめきと似たものだ、と脱輪さんは語る。

「ひとりよがりな精神の幸福が失われてるなと感じます。今の若い世代なんか特に、そんな種類の豊かさがあったことすら想像できない人もいるんじゃないですかね。メルカリやAmazonができて消費者が市場価値を知るようになってから、きちんと質的に値付けをしないと勝てなくなってきて、ブックオフも量から質へ転換した。これによって、ブックオフが作ってきた量的な雑さによる豊かさが失われました。これはブックオフだけでなく、社会のいろんなところで徹底的に失われていってると思います」

雑でいられるのは、余裕があるからだ。日々効率化と努力を求められ、余裕をなくしたわたしたちの社会は、どんどん雑さを捨てている。

一方で積読とは、まさに量的な雑さを具現化したような現象だ。つまり、積読をしている人は、心のどこかに量的な雑さが排除され、それが育む豊かさや余裕が損なわれていることへの抵抗感や違和感を持っているのではないか。「この世界のなかに余裕がまだあると思いたい」この気持ちが、積読という行為に向かわせるのではないかと脱輪さんは考える。

過剰さへの許可出しがしたい


前章で触れたような、量的な雑さを排除する社会への抵抗として、脱輪さんは批評においても人生においても「過剰さ」を大切にしている。過剰さを減らさないことは、彼の大きなテーマだ。

過剰さの表象

コスパ主義的、資本主義的な態度では、とにかく何かを削ることがよしとされる。企業などで効率性を求めて無駄を排除するのはもちろんのこと、たとえばTwitter(現・X)でも炎上が起きると、その炎上の原因をよくないものとして削ろうとする。

「でも僕はそうやって削るんじゃなくて、あなたがいいと思っているものを、ぜひ足してください
、って思うんです。何かを禁止して抑圧するんじゃなくて、一緒に選択肢を増やしていきませんか?と。だって抑圧や排除って、自分の首を絞める行為でしかないんですよ」

「抑圧は何も生まない、新たな禁止のほかには」

この言葉は、脱輪さんが影響を受けた心理学者・フロイトから学んだ、もっとも大切なことだという。

何かを減らせという発想からは、禁止しか生まれない。そして一度、誰かの好きなものを禁止することに賛成したが最後、自分の好きなものを禁止されたときにも、反対できない根拠が出来上がってしまう。それは「自分には関係ないから」と見過ごして、間接的に加担してしまっても同じだ。

一方で、無駄と思えることをとにかく削ぎ落として、効率を高めることをよしとする社会において、何も減らさず、無駄を抱えて過剰でいるのはむずかしく、力がいる。

単純化してしまった方が楽なのだ。でも、それでも、過剰なまま生きる自分を、自分自身に、そして他者に見せることは大切だ。そうすることが、世界への抵抗を表現する手段のひとつでもある。折れそうになることもあったが、自分の信念をぶらすことだけはなかったという。

「僕は、過剰さが理解されないことに抵抗していきたいんです。実際に文章でも資本主義的な冷たさを批判しているのに、そんな僕がミニマリストだとおかしいじゃないですか(笑)。それに、平気で過剰でいる人間がいることを見せたいなと思って。僕自身、まわりのイケてる人たちやいろいろな本や映画から『こんなふうに過剰に生きていいんだ』って許可出しをしてもらったおかげで、存分に過剰にやってこれた。だから今度は僕が許可出しを与えていきたい。芸術に恩返しがしたいんです。『やべえ奴だな、こんな奴がいるなら自分もこれでいいか』と思ってもらえることが、本望ですね」

わかりやすく役に立つわけではないものはすべて削ぎ落とすことが是とされる社会のなかでも、過剰にしか生きられない人もいる。自分が過剰な人間として生きることで、そうした人たちに許可出しができる。こうして許可出しをすることこそが思想だ、と脱輪さんは話す。

彼のこの自らがある種の変な人となることで、人に力を与えようとする思想は、以前のインタビューでお聞きした「歌舞きながら生きる」という精神とも通じるような気がした。

また、まだまだ小さくはあるが積読の山を築いている自分にとっても、共感できるとともに元気のもらえるインタビューだった。今後も、社会に抵抗する脱輪さんを応援したい。


脱輪さんのnoteやTwitterはこちら


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えなりかんな|本とフランスを愛するライター
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