Re:放課後タイム
金曜日。
音菜と約束している週末、というより明日を前にどうしても付き合ってほしいと懇願された俺は仕事終わりに秋葉原に来ていた。
久々だった秋葉原はシャッターが目立つぐらい、街が様変わりしているのが目に入った。俺がこっちにいた頃はもっと賑わっていたのに、時間というのは残酷らしい。
大通りに出ると客引きをしているメイドやコスプレをしている女性が等間隔で並び立っている。
「ここ、アキバなのか?」
あまりの様相に左右に頭を振りながら隣を歩いている音菜に声を掛けていた。
すると音菜は不思議そうに俺を見つめてくる。
「……そっか、知らないんだ?」
というか、ニュース見てないの? と、首をかしげながら覗き込んでくる。
「ニュースは見てた。けど、実際に見てびっくりしてる」
そう言うと、前を向いた音菜は顎に人差し指を当てながら何度か頷きだす。
「先週戻ってきたばっかりだもんね」
にんまりとした表情で振り向く音菜に何かと思い視線を合わせる。
「案内してあげよっか?」
「いまから?」
答えると、うんと元気よく頷いた。
「あ、でもその前に寄ってほしいところがあるんだよね」
そう言って視線をある場所に向けた。
「ソフマップ?」
「そ」
秋葉原に着いてから音菜に合わせて歩いていたからどこに向かっているのかは知らなかった。
目の前まで来ると「ここ、種類多くていいんだよね~」と入っていく。
フロアマップにはフィギュアやPCゲームと書いてある。
アニメとか好きだった印象のない音菜をじっと見ていると、少し先を歩いていた音菜が気づき俺の方に戻ってきた。
「どうしたの突っ立って」
「アニメとか好きだったか?」
ふと疑問に思ったことを問いかけると、躊躇いがちに「うん」と首肯する。
その姿に明坂が連絡してきた答えがあると俺は感じてしまって、すぐに言葉が出なかった。
そんな俺を見て、寂しそうな笑顔を浮かべる音菜。
何を思い出させたのかはわからないが、いまは忘れていてもらいたかった。
「なら俺も好きになるよ」
教えてくれと、強引に音菜の左手を握ってエレベーター前へと向かった。
× × × × ×
「ここで合ってるのか?」
そう問いかけたのは、連れてこられたフロアがPCゲーム売り場……、いわゆるエロゲー売り場だったからだ。
手を握ったまま少し前を歩く音菜は立ち止まることなく「うん」と頷くと、18歳以下お断りと書かれた黒い暖簾をくぐっていく。
俺は手を引かれたまま少しため息を吐いてからその暖簾をくぐった。
中に入ると平積みされたPCゲームが数タイトル並べられていた。その中で気になったパッケージを手に取る。
「放課後シンデレラ?」
女子高生5人のイラストの描かれた青春っぽさを感じるパッケージで、中央にいる黒髪の女の子が目に留まる。
「それ、2だね。仕事で疲れ切った社会人には癒しみたいなゲームかな。って、なになに、気になったの?」
突然後ろから声を掛けてきた音菜がひょいと俺の横から顔を出して、手に持っているPCゲームに目をやった。
「そういうの好きなんだ」
ほんの少し間を取ってから「うへへ」と盛大な勘違いを顔に浮かべてにやつく音菜。
「正輝はそういうのが……ねぇ~」
「そうじゃないって」
「JKいいよね、JKって」
表情を変えず、脇腹を肘で突いてくる音菜。
「否定しなくても、制服、取ってあるよ」
と、口元に手を当てて小さく笑う姿を見てふと高校生の頃を少し思い出した。
3年間クラスも同じだった音菜は授業が終わるとすぐに俺のところにやってきては、すぐに2人きりになろうと教室を出たがったり。
そのせいで、高校では音菜と一緒に過ごすことが多く、同級生から上級生まで様々なやつから妬まれたりしていた。
俺が妬まれるぐらい、それぐらい音菜は可愛かった。
このパッケージの真ん中にいる黒髪でマスクをしている女の子に雰囲気が似ていて、それで手に取ったのかもしれない。
まだ小さく笑っている音菜に顔を向けた。
「なんとなくだけど、この子が高校の頃の音菜に似てるなって思って」
パッケージに指を指して音菜に見せると、うーんと首を傾げた。
「似てるかな?」
「似てるって、ひとりだけ後ろ向いてるところとか」
「それ、意味違うよね???」
そう言いながら、じわじわと詰め寄ってくる。仰け反りながら耐えていると、触れそうなほど近くに音菜が顔があった。
「冗談だから離れてくれ」
PCゲーム売り場でいちゃつく奴らなんて見たこともないし、何より恥ずかしい。
そう思っていると、ゆっくりと音菜が離れていく。
すると、予想もしていなかった言葉を掛けてきた。
「大学のとき、誰とも付き合わなかったの?」
「ま、まぁな。そういう音菜こそ、誰とも付き合わなかったのか?」
何気なく出た返事に急に目を丸くして凝視してくる。何かまずい気がする。
何度か瞬きをすると、俯き気味に俺を見て口を開いた。
「……もう知らない」
と、不満げに言ってフロアの奥へと歩いていく。あのまま放っておくわけにもいかず、俺も手に持っていたPCゲームを戻し音菜の後を追った。
先に行く音菜はすぐに見つかった。
「CDもあるのか」
音菜の隣に立って声を掛けると、不満げなままではあったが返事をしてくれた。
「うん、ある。PCゲームの曲って名曲が多いんだよ」
隣で話す音菜を見ていると、すごく楽しそうな表情を浮かべていた。
「さっき手にしてたゲームの曲もすごく良いよ、ボーカルの人の声が好きなんだよね」
言いながら振り向く音菜はやっぱり楽しそうな表情で、明坂から聞いていた暗さは感じられなかった。
「音源があるなら、今度聞かせてくれ。でもさ、どうしてPCゲーム?」
ここに来て、ずっと思っていたことを聞いてみた。すると、表情を変えることなく、ただ淡々とした口調で答えてくれた。
「私さ、正輝が大阪に行ってから引きこもってた時期があったんだよね。
お母さんが突然の事故で亡くなって、どうしていいかわからなくて。
正輝と連絡を取らなくなったのがちょうどその時だったかな、ひとりになりたくて。でもね、結実だけはずっと離れてくれなかったんだよね」
結実って変でしょ? と、小さく笑みを浮かべながら話は続いた。
「その頃にね、何かないかなって探していたら結実の聴いてた曲がPCゲームの曲だって偶然知ってね。ほら、結実のお父さんの会社って酒販でクラブとかにも卸してるから、その繋がりで知ったらしくて」
「それで、ゲームの方に興味が向いたと?」
「そうなんだよね、ストーリーもいろいろあって面白いんだよ」
CDを両手で持ちながら俺の方に振り向いた音菜は、ほんの少しだけ寂しそうな表情をしていた。
その表情を隠すかのように話題を明日のライブの話に変えた。
「そうだ、言ってなかったんだけど、明日のライブ、このあたりの曲を知ってるとより楽しめるよ!」
棚から数枚のCDを取り出すと、俺に渡してきた。
「で、これは?」
渡されたCDを受け取りながら聞くと、いたずらな笑みを浮かべる音菜。
「買って」
手を合わせてお願いしてきた。
音菜に言われると断れない。
「はぁ、わかった、いいよ」
少しため息交じりに承諾すると「ありがとう!」と抱きついてきた。
「ちょ、こんなところで……」
「誰も見てないって」
音菜の急な行動に戸惑っていると声を重ねてきた。
ただ残念なことに音菜の後ろにはショップ店員さんがこっちを見ていた。
× × × × ×
「今日は楽しかったぁ~」
駅に向かう途中、手を上へと伸ばしながら隣を歩く音菜が急に話し出した。
「ねぇねぇ、正輝も楽しかった?」
「楽しかったよ、高校の頃に戻ったみたいだった」
率直な感想を伝えると、口角を上げて「にひひ」と寄りかかってきた。
またも急な行動に動揺していると、懐かしむように空を見ながら
「止まった時間が動き出したみたい」
と、独り言のようにつぶやいた。
その独り言にあえて返事をする。
「そうだな、6年は長かったかもな」
「うん」
それから無言のまま駅前まで歩いた。
アトレの入り口に着いた頃には音菜も寄りかかってはおらず、隣を歩いていた。
「じゃあ明日だね、待ち合わせはここでも良い?」
「音菜に合わせるよ」
「ありがと、12時にここで、ね?」
手を後ろに組んで上半身だけを傾けた音菜の仕草にドキッとしながら「わかった」と返事をする。
「少しだけアトレで服を見ていきたいから、ここまででいいよ。今日はありがと」
また明日と頷いて踵を返そうとすると「ちょっと待って」と呼び止められた。
振り向くと、音菜が耳元まで近づいてきた。
「私の気持ち、変わってないから」
それだけを言うと、音菜はアトレの中へと入っていった。
「明日、どんな顔をして行ったらいいんだよ」
心の声を漏らしながら改札へと俺は歩き出した。