ゲスでクズだった
人間性とお金は、常にバランスが保たれていると聞きます。
お金が入ってくる器(人間性)がなければ、どれだけ準備していても望むお金は入ってこない。例え、何かの拍子にフラッと大金が入ってきたとしても、宝くじ高額当選者のそれに等しく、見合う器がなければこぼれ落ちてしまう。
わたしは、スピリチュアルを色々と学んで来て、ある程度の人間性は「できている」と、思っていました。
だから
ある程度にんげんできてるはずなのに
なんでお金入ってこないのかな
と思っていました。いやいや勘違い。壮大な勘違い。
わたし ゲスでクズでした。
「わたしは指示待ち人間じゃないもん」「構ってちゃんじゃないもん」と思っていたけど、実際なんにも言われない、教えてもらえないと…「なんで私には何も教えてくれないの!?」「なんで△△さんばっかり話して私は無視すんの!?ちゃんと構ってよ!!」と悶々していたり、
「そっか〜良かったね✨」「○○じゃないといいね💦○○じゃないことを祈る!」なんて友達との会話のなかで言っておきながら、実際そのとおりになると、大して何も思わなかったり、酷いときには「なんだよ、○○じゃなかったのかよ😑つまんない」なんて最低なことを考えている自分が、悲しいけどどこかにいました。
つまり、わたしの人間性は今の経済状態とピッタリ合っていたわけです。
これを、10月に気付く愚かさ…。
先日、とある友人にある件でメッセージしたのですが、その友人がSNSでその時のわたしの行動をディスっていました。
「人のこと構ってる暇なんかない」
「そんなことやるなんて失礼」
「そのうちこれまでのツケが顕現するかもね」
それを見て、すぐにわたしのことだと気付いて凹みましたが、わたしのどこかに「そのとおりだよね」「いやいや、何も間違ってなくない?」そう思う自分もいました。
なんだかちぐはぐ。とても苦しい。
自分で作り上げた【仮の自分】の枠にハマらなければ…と、わたしはずっと苦しんでいるような気がする。SNSでリア充ぶりをアピールする輩を「幼いな」「ドヤりたいのかな」と思っていたけれど、どうやらあらゆる面で幼くて、ドヤりまくりたかったのは、ほかでもない、自分だったようです。
こんなときは、ノートに自分の気持ちをすべてありのままに書き出すに限ります。そうして、中身の自分と外見の自分とを帳尻を合わせて、辻褄を合わせていく作業をします。
ゆうべ疲れて寝てしまったから、今夜やる。