22.余白(2) - ii
「21.余白(2)没入感 - i 」に出てきた作品の一つ、
フェルメール<牛乳を注ぐ女>を用いて、
絵をよく見る練習をしたいと思います。
観察のテーマは「細部の発見」です。
1.見る:色
まずは作品を眺めます。
「色」に着目して、10秒間だけ眺めて下さい。
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それでは、絵を見ないでお答えください。
どんな色が使われていましたか?。
赤、青、のような、ざっくりした色の名前で大丈夫です。
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「黄色、青、白。それから、茶色。」・・・合格です。
「赤もありました。」・・・とても素晴らしいです。
このスカートは、画面上、少なくはない面積を占めているのですが、この赤が見えなかった人もいらっしゃったと思います。
スカートの深紅色のほか、
・腕をまくったところに見える黄色と青が混じったような薄緑色
・右下の床・床の上の四角い箱の茶色
・箱の中のオレンジ色
などを指摘された方もいらっしゃったかもしれません。
しかし、このあたりまで10秒で目が行き届くことは普通はあまりなくて、
そういう方は、その方面のプロの方や、絵を相当見慣れている方です。
不思議なことですが、
目に映っている絵そのものは、10秒間、皆同じです!。
ですけれども、
細部まで心を配って「観察する」「気付きながら見る」というのは、
このようになかなか訓練が必要なことなのです。
普段の印象ですと、学生さん方に10秒だけ見せて、この絵を消してから聞いてみたとき、「スカートが赤だった」と答えてくれるのは、10人に1人くらいです。
2.見る:部分
もう一度、作品全体を、一度眺めておきます。
さて。
いまから、いくつか部分図を見ます。
(1)どこ?
これは、絵の中のどこの部分でしょうか。
(★、筆者によるトリミング加工あり)
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後ろの白壁、上の方の真ん中付近です。
釘が打ち付けてあることに気付かれたことと思います(下図の赤矢印)。
壁には、その釘の影が落ちています。
この影は、その形状と方向から、左側に描かれる窓から入る光で出来た影とは異なることが判ります。もっと上からの光源によって出来た影です。
左側の窓の上には、さらにもう一つ、きっと窓が開いているのでしょう。
その他、壁には、明らかに一度釘を打って、その後抜いたような、「穴」がいくつか確認できます(上図の緑矢印)。
こうした演出は、いかにも、日常生活のありふれたごく普通の台所という印象を作り出しています。
(2)どこ?
これは、絵の中のどこの部分でしょうか。
(★、筆者によるトリミング加工あり)
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絵の左上の窓の一部分です。
窓には、恐らく割れてしまったのか、明るく描かれている小さな四角い部分があります。さらに、その部分からは光が差し込んでおり、窓枠がそこだけ明るく照らされていることも判ります(下図の左、赤円の中)。
(左、★、筆者による加工あり。右、全図。)
こうした描写からは、ごく平凡な台所の飾り気のなさがうかがえます。
(3)どこ?
これは、絵の中のどこの部分でしょうか。
(★、筆者によるトリミング加工あり)
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絵の右下です。
(★★、左右ともに、筆者による加工あり)
白壁の一番下の部分には飾りタイルが貼ってあり、そのタイルには青色で絵が描かれています。その一番左のタイルです(上の図の右、白色矢印)。
ここには弓矢を持ったクピドが描き込まれてます。
この絵の場合は、ロマンチックな恋愛というよりは、女中の他人への献身愛を仄めかすようです。
(4)どこ?
これは、絵の中のどこの部分でしょうか。
(★、筆者によるトリミング加工あり)
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女中の左肩の部分です(下の図の右側、赤丸の中)。
(★★、左右ともに、筆者による加工あり)
彼女の肩の黒っぽい輪郭の外側に、意図的に、白い絵の具が輪郭に沿って塗られています(上の図の左側、赤色矢印)。
この白線によって、かえって黒っぽい影の輪郭が引き立ちます。
そしてこの密やかな震えるような白い線は、ほんのわずかな細部でありながら、彼女全体がほのかに光っているような、神々しいような印象を、控えめに作り出すことにたしかに貢献しています。
3.「細部」の工夫を知る
再び、部分図です。
それぞれ、気付いてほしいことがある部分をトリミングしてみました。
次の部分図を観察したとき、特徴のある描写だなと思ったこと、気付いたことは何でしょうか。(ちょっと質問が漠然としていてごめんなさい。これ以上具体的に言うと、ヒントになってしまうので。。。)
(1)女中の左腕
女中の左腕をご覧ください。
何か、気付かれたことはあるでしょうか。
(★、筆者によるトリミング加工あり)
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気付いてほしいこと。
正解は、「女中の腕の色が、肘の辺りと手の甲辺りでかなり異なる」ということです。
(★、筆者による加工あり)
上の図をご覧ください。かなり異なる色で塗られています。
彼女の腕は、手先は日に焼けて黒くなっていますが、肘に近いあたりは白いままです。これは、日常の労働で女中の手先が日焼けして黒くなってしまうことを示しています。
(2)白色
白の使い方にご注目ください。
何か気付かれたことはあるでしょうか。
(★、筆者によるトリミング加工あり)
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気付いてほしいこと。
正解は、「牛乳を表すため以外にも、白色があちこち使われている」です。
女中の持っている陶器の縁部分のハイライトにも白色が使われています。
下の図をご覧ください。
不思議なことに、全体図を見ると牛乳の白さが際立って見えるのですが(下図の右)、部分図にして牛乳だけを注視すると、むしろ牛乳は真っ白ではないようにすら見えます(下図の左)。
光の反射を示すハイライトの部分の方が、一部、白色が濃いようにも思えます(下図の左、白色矢印)。
(左、★、筆者による加工あり。右は全図。)
ところで、牛乳が注がれている口の広い容器は、二つある取っ手の片側が欠けています(上の図の左、黄色矢印)。欠けたままでも、普段の日常使いで用いるぶんには気にならないような容器なのでしょう。
また、この容器には、ところどころに青が塗られています(上の図の左、青色矢印)。エプロンやテーブルクロスなど、周囲の青が反射して写り込んでいます。この容器の鈍い光沢のある質感を表しています。
4. 箱
最後に、床上に置かれた箱の観察をして終わろうと思います。
これは、私たちには見慣れない道具なので、説明が必要です。
(★、筆者によるトリミング加工あり)
箱の中をよく見ると「オレンジ色の取っ手のついた巨大なカップのようなもの」が見えます。
この箱は「足温器」(フットストーブ)です。このカップのような容器に火をつけた炭を入れて用います。この箱を、大きなふんわりしたスカートの中に入れて、足を温めていたのだそうです。一人用こたつ的な感じでしょうか。
ものによっては、繊細な木彫装飾がほどこされたり、銘文が刻まれたりすることもありました。またそのような美術的価値の高いものは、夫から妻への贈り物だったものもあるそうです。
その種の立派な足温器は今でもヨーロッパの骨董品市場で売買されることがあり、例えば以下のものは、2012年にクリスティーズに出品されていた17世紀の足温器です。
ただし、この絵に描き込まれている足温器は、もっとシンプルな日常使いのものです。こうした月並みな足温器にも、以下のような現存例があります。
X線調査によって、足温器の描かれている場所には、当初、洗濯物が入ったバスケットが描かれていたことが判明しました。
さらに、背景の壁には、もともとは長方形の物体、おそらく地図が描かれていたことも判っています。
最終的に、フェルメールは、バスケットと地図を消し、背景の大きな白い壁が目立つような簡素な構成を選択しました。
それは、何気ない日常生活の中で、女中が牛乳を注ぐ作業に集中している、その無心な姿の美しさを引き立てるのに相応しい、選択だったと思います。
画家はこのように、慎重に、思慮深く、構図を決定しているのです。
最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。
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