(仮)、で生きていく
おはこんばんちは。
今日は、「(仮)、で生きていく」。
見ましたか?NHKのよるドラ「恋せぬふたり」。
いや~、最終回、良かった。
いいドラマだとは思ってたけど、優しいドラマだとは思ってたけど、
う~ん、すごい良かった。
特に最終回は、ジブンゴトとしてハッとした。
自分が、いかにいろんなことを決めつけてるかということに気付いた。
この長いセリフが良すぎて、書き写しちゃった。
“いろんなことに縛られるの、やめたの。”
縛られるのをやめるって、そうか、それって意志なんだよなぁと
当たり前なのにハッとして自分でもびっくりしてる。
私、、すごく最近縛られてたわ。
いつからなんだろう。
や、ずっと縛られてるけど、特に最近はその傾向が強まってたなぁ。
ん~まぁ、たぶん、山暮らしするようになってからかな。
やっぱり、いろいろと気を遣う土地柄で、気を遣う立場で、いろいろ。
考えすぎて、縛られ過ぎて、身動き取れなくなってて、
もう何もしないでおく、と極端にはなってた。
“縛られるのをやめる”というのは、このドラマのテーマで、
きっと一番の骨子となる部分だと思うんだけれど、
もう1つ、“諦めるのをやめる”ということにも共感。
そうか、、私は諦めてたのかな、と思った。
満足と諦めの境目って曖昧だと思っていて(このテーマはまた書きたい)、
これがいい、って思っていたつもりだったけど、
これでいいって言い聞かせてたのかもしれないなと。
“私のことは放っておいて”。
これ、私も最近よく思ってて、で、放っておいてもらえてるくせにやっぱりモヤモヤしていた。
そのモヤモヤこそがたぶん私の本心で
現状が諦めであり満足ではなくて、それでいて、頑なに縛られたままでいるという感じ。
他人から見たら窮屈でしかない。。。
正直、短いドラマだから、2人の心の機微がすべて丁寧に描かれてるわけではない、かもしれない。
でも、大事な部分はとても伝わるつくりになってた。
縛られるの、やめよう。
いろんなことに縛られるのをやめるのは、自分。自分の意志。
だからって、私を縛る全てから自由になろうとは思ってない。
事実、縛られてきたことで、私は安心して幸せに生きてこれた。
古くから植え付けられた価値観で、私は何度も救われてもいる。
だからって、その経験に縛られたいわけでもない。
とは言え、縛られないことで自分を律せられなくて失敗した、という経験もある。
正解はどっちか、どっちでもないし、どっちでもある。その時々。
だから、自分のペースでゆっくり、1つずつゆるめていこう。
私の人生、諦めたくない。
どっちかを取る、どっちかを選ぶ、じゃなくて、どっちも。
これもこのドラマで言ってたな。
大谷選手の二刀流だって、どっちも、の結果。
私の人生もベストを尽くそう。
でも、そうは思えない日もある。すぐやってくる。
他人の意見に振り回されて、狭い視野になって、人生を悲観してしょげてる日は、
何も考えずに寝よう。
いっぱい寝て、朝になればまたきっと思い出せる。
主人公は、私なんだから。
今日も、自分を信じて。