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325.「石清水八幡宮 番外編2 ~「笑う神社彫刻」の行方~

◆笑う神社彫刻
◆妙見つながり
◆守り伝えていくこと

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稲葉優子さんとお詣りした石清水八幡宮で、昇殿参拝を終えたとたん、土砂降りの雨と共に現れた地元のおじさんに、ご神域を案内されながら感じている既視感が、石清水社の立札に書かれた「天御中主命」という文字によって、2016年9月に訪れた「藤ヶ崎龍神」での出来事と重なる。

そのことを、ブログ記事『石清水八幡宮 番外編 ~「ワンダー琵琶湖」「ムカデ」「三」~』に書いた。

藤ヶ崎龍神で会った地元のお姉さんのことや、天御中主命神社に連れていってくださったことは覚えていたけれど、そこで体験したことの詳細は、すっかり忘れていた。

当時のブログ「ワンダー琵琶湖〈藤ヶ崎龍神〉」「笑う神社彫刻〈名草神社〉」を読み、思い出したこと。

それが、今回のテーマだ。

ブログを書いていてよかった。
しかも、当時のブログは、内容が濃くてパワフル。
書くことへのパッションが熱くて、しびれる。

そんなに熱い思いなのに、こんなにすっかり忘れている自分が信じられないのだけど、必要なことは、宇宙が思い出させてくれる。

◆笑う神社彫刻

お姉さんに連れていっていただいた「天御中主命神社」でお詣りをしていると、静謐なたたずまいの中に〈何か〉が感じられる。
その、〈目には見えなくても漂っている気配〉のようなものを探して、きょろきょろしていると、本殿の脇障子から、何かが発せられているような気がする。

近づくと、彫刻の鳳凰が〈笑って〉いる。

画像1


反対側の脇障子の彫刻も、然り。

画像2

(〈何か〉とは、笑顔の波動だったのだ)
(〈笑い〉は〈祓い〉)
(〈笑い〉の前では、どんな魔も退散する)

最強の結界だ。

とはいえ、あまりにもユーモラス。
そもそも、鳳凰とか龍とか獅子とか麒麟などの霊獣は、人になつくものではない孤高の存在として、触れることのできない、崇高な表情をしているのではないだろうか。

(こんなに笑っているなんて)

いつの時代に、どんな職人が彫ったものなのだろう?
ほかにも笑っている神社彫刻があるかどうかが気になり、〈笑う 神社彫刻〉で検索したところ、ヒットしたのが、「名草神社」

但馬の名草神社のユーモラスな彫刻は有名らしく、多くのかたが訪れ、紹介している。

本殿は、見上げたとたん、そこにもここにもあそこにも、龍や獅子や獏たちが躍動感に満ちた姿で迎えてくれるようだ。
耳を押さえた獅子や、口を押えた獅子など、しぐさも表情も豊かで、写真なのに見入ってしまう。

境内には、「三重塔」がある。

(神社なのに???)

三重塔とか五重塔とかいうものは、お釈迦様の舎利を納める仏塔なのに、なぜ、神社の境内にあるのだろう? 
記事を読むと、名草神社の三重塔は〈出雲大社〉から移築されたものとある。

(出雲大社?〉

出雲大社の三重塔が但馬の妙見山の中腹に建立された経緯について調べると、「神仏集合」、「神仏分離」に翻弄される寺社の歴史を見ることができる。

この三重塔の最上部の四隅には、「四猿」という珍しい彫刻があるそうだ。

〈見ざる、言わざる、聞かざる〉という三猿の彫刻が有名だが、名草神社の四猿は、それぞれ、手を目、口、耳、左頬に添えている。

鎌倉時代の書物には「世の人は見ざる、言わざる、聞かざるというけれども、思わざるをたもてば、三の猿はたやすいことだ」と説かれているとのこと。

◆妙見つながり

2016年9月に書いたブログ「笑う寺社彫刻〈名草神社〉」から、転載する。

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また、神仏分離で、但馬妙見山の別の地にうつされたのが、現在の「日光院」であると知り、そのホームページを閲覧したところ、ご住職様が「星田妙見鎮座1200年大祭」の記念公演をされたという記事が掲載されているので、びっくりした。
日光院のご住職様の曾祖父様が星田生まれであることからの御縁とのこと。

近江八幡の藤ヶ崎龍神から連れていっていただいた天御中主命神神社の「笑う彫刻」から、但馬の妙見山までぐるりと巡って、地元に戻ってきたこの感覚。

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当初、稲葉優子さんが行きたいと言っていたのが「星田妙見宮」だったことを思い出す。

2016年に「藤ヶ崎龍神」→「天御中主命神神社」→「名草神社」→「日光院」→「星田妙見宮」
2022年に「石清水八幡宮」→「石清水社」→「藤ヶ崎龍神」……以下上記と同じ。

ぐるりとまわって、星田妙見宮につながる不思議。

大事なことは、必ず、メッセージが訪れる。
気づかなくても、忘れても、何度でも、夢の力や、人との出逢いを通じて。

ということで、すっかり忘れていた名草神社の「笑う彫刻」に、

(逢いに行きたい!)
(ユーモラスな彫刻群のさざめきを、体感したい!)

車の運転ができないので、交通機関を使うと、最寄りの駅まで3時間20分。
そこから、一日に数本のバスに乗り、バス停から徒歩60分と書いてある。
一人で迷わずたどりつける気がしないので、宇宙に投げる。

(どなたか、車で一緒にまわってくれるワンダーな人はいませんか?)

◆守り伝えていくこと

思えば、近江八幡の天之御中主尊神社で、笑う鳳凰が一対あるだけで、どこからか漂ってくる気配を感じたのだから、そこかしこに、笑ったり、吹き出すのをこらえたりしている霊獣がひしめく名草神社の本殿は、いったいどのような気配が踊っているのだろうと思うと、想像するだけでときめく。

一方、過去に見たHPに掲載されている名草神社の本殿や拝殿は、とても老朽化していて、大きな地震や台風がきたら、崩れてしまいそうな危うさを感じる。

もしかすると、現在、保存修理中かもしれないと思って検索すると、すでに保存修理が終わって、10月23日(日)に「国指定重要文化財名草神社保存修理完成式記念イベント」が開催されることがわかる。(イベント参加の受付は、満席のため終了)

令和によみがえった社殿は、復元された丹塗りがまぶしく、まったく別の様相で。ぴかぴかすぎてとまどう。

こころなしか、彫刻たちも品よくおとなしくなっている気がする。
修復前の、タイムスリップしているようなたたずまいのご神域で、彫刻たちの自由奔放なざわめきに耳をすませてみたかったので、かなり残念な気持ちでいる。

とはいえ、保存修理工事の記録写真を見ていると、積雪被害で、いたるところがたいへんなことになっていて、いつ崩壊してもおかしくない状況であったことがわかる。

岩清水八幡宮の神職のかたもおっしゃっていたが、人々が生き、祈り、守り伝えてきた文化と歴史を、絶えることなく継承していくことは、たいへんお金がかかる。
修復技術の継承も必至だ。

優子さんが、今回お詣りを見送った、関蝉丸神社。
修理費用がなくて、クラウドファンディングを起こしているとのこと。

「蝉丸」といえば、坊主めくり。

子供のころは、何をする人かもしらなかったが、関蝉丸神社の公式HPでご由緒を読み、あらためて、社殿の実情を確認すると、腐食が進み、建物倒壊の危機に直面し、一刻の猶予もないほど荒廃が進んでいる画像に、言葉もない。

クラウドファンディングに参加しようと思い、詳細を読み進んでいると……。

(えっ もしかして、笑っている!?)
(「笑う神社彫刻」の矢印の終点は、星田妙見宮ではなかった!)

2016年に、「藤ヶ崎龍神」→「天御中主命神神社」→「名草神社」→「日光院」→「星田妙見宮」と、ぐるりとまわって、地元に還ってきた。

今年、2022年に巡ってきたのは、「石清水八幡宮」→「石清水社」→「藤ヶ崎龍神」→ 「天御中主命神神社」→「名草神社」→「日光院」→「星田妙見宮」→ 「関蝉丸神社」

歌舞音曲・芸能の祖神として崇められ、盲目だった蝉丸が開眼する逸話にちなみ、眼病に霊験あらたかで、髢(かもじ〈髪の毛のこと〉)の祖神ともいわれている関蝉丸神社。

【主祭神】は、上社 猿田彦命 下社 豊玉姫。

みちひらきの神と、海の女神。

(「番外編」だと思って書いてきたが、すべてつながっている!)

自分にできることは何かと考え、思いついたことがあるので、次回につづく。

浜田えみな

兵庫県養父市HPのコラムより

「出雲からやってきた三重塔」 → 四猿とは

「名草神社の本殿と拝殿」 → ユーモラスな彫刻 

「妙見山に鎮座する名草神社」 → 北斗七星とのつながり

関蝉丸神社公式HP

これまでのブログ記事

【稲葉優子さんと行くみちひらきの旅(石清水八幡宮編 2022.10.10)】


【「石清水八幡宮 番外編 ~「ワンダー琵琶湖」「ムカデ」「三」~】



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