114.ゆすらんめ ~祖父からの贈り物~
命日は、「命」の日だと、名前のことだま🄬の山下弘司先生に教えていただいた。
先だって亡くなっていった人が、子孫に対して「贈り物」をしてくれた日だと。
残る人、祀る人に「命」が入る。
その人が持っていたよいものが入ってくる。
ゆすらうめが導いてくれた、祖父の「命」の日。
今朝は、小雨がおりている。
雨は、天と地をつなぐしるしのようだと思う。
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朝活した朝、庭の植物からもらった祝福(ふくらんで、輝いていた山桜桃梅(ゆすらうめ)の実、花びらの上に残っている朝露)の画像をフェイスブックに投稿すると、
「大好きなユスラウメを久し振りに見ました」
と、コメントをいただいた。
ゆすらうめは、私にとって、特別な思い出がある。
そのかたにとっても、〈大好き〉な思い出があるのだと感じて、とても嬉しかった。
亡くなった母は、ゆすらうめのことを「ゆすらんめ」と言っていた。
子煩悩だった母方の祖父は、庭に、子どもが歓ぶ実のなる木をいっぱい植えていたそうで、今のように、おやつがなかった時代に、季節ごとに食べたという思い出を、よく話してくれた。
母は、おじいちゃんっ子だったのだと思う。
戦争中に心を病んでしまった祖父は、私がもの心をついたころは、もう、会話をすることはできなくなっていたので、田舎に行ったときと、帰るときに、離れの「おじいちゃんの部屋」に行き、母に促されるまま、挨拶するだけだった。
当時は、何も言わず、ぎょろりとした大きな目で観られるのが怖くて、母が、「おじいちゃんが喜んでいる」というのも、よくわからなかった。
そのかたが「大好きなユスラウメ」と書いてくださったことで、何度もゆすらうめの話をしてくれた母のことを思い出し、祖父のことを思い出し、祖父が亡くなったのが「4月」だったことを思い出した。
(もしかして!)
と思い、田舎の家からもらってきた過去帳の写しをひらいてみた。
〈四月十四日亡 行年六十二歳〉と記してあった。
命日は、「命」の日だと、名前のことだま🄬の山下弘司先生に教えていただいた。
先だって亡くなっていった人が、子孫に対して「贈り物」をしてくれた日だと。
残る人、祀る人に「命」が入る。
その人が持っていたよいものが入ってくる。
〈自分につながるご先祖さまの名前を知り、その人の人生を知り、命日を知る〉
〈命日に意識を持ち、手を合わせる〉
命日は、「命」の日。
十年以上前に、山下先生からそのことを教えていただき、家系につながる人たちの名前や命日を調べた。
生前のエピソードを両親や親族から聞き取り、家系図の中に書き込んだ。
そのときの資料を、ひらく。
母が亡くなり、父が認知症を発症した今、自分のルーツを、これ以上、掘り下げることはできなくなったことに気がつき、あのとき、もっとがんばって、もっと深く、聞いておけばよかったと思う。
ゆすらうめが導いてくれた、祖父の「命」の日。
今朝は、小雨がおりている。
雨は、天と地をつなぐしるしのようだと思う。
祖父は、私に、何を託してくれるのだろう。
祖父がしたかったこと。叶えたかったこと。
祖父からの贈り物。
浜田えみな