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梅おじさん
買い物に行こうと、住宅街をぷらぷら歩いていた時のこと。
後ろから呼び止められ、振り向くと自転車に乗った見知らぬおじさんがいました。
梅、いらないかい?
おじさんの自転車の前カゴには、黄色く熟れた梅の実が、ビニール袋に入って積まれているのでした。
どうやら庭で採れたのを持て余していて、通りすがりのわたしにわけてくれようとしたらしいのです。
こう言う風に梅ジュースにできるよと、わざわざビンに入ったみかん色の液体も見せてくれながら、どうだい?と聞いてきます。
梅おじさんだ。
いや、そんな名前は聞いたことはないけれど、他にこの人をなんと呼べばいいのか。
とっさのことで驚いたものの、思い出しました。
似た経験が、前にもあったことを。
通りを歩いていたら、前方から女の人が重そうな手提げ袋を提げてふうふう歩いて来るのです。
半分無意識に、大変そうだなあという感じで視線を送ると、目が合いました。
ねえ、重くて持って帰れないからさ、このりんご、少しもらってくれない?
りんごおばさんだ。
いや、やっぱりそんな人は知らないけれど、まぎれもなくりんごおばさんだ。
りんごおばさんは梅おじさんと比べると押しが強く、奇妙な迫力がありました。
と言っても嫌な感じではなかったし、自分を白雪姫を重ねるには大きくなりすぎました。
りんごはその先のスーパーで買ったものだとわかっていたから、問題はないだろうとありがたくわけてもらいました。
それにしても、住宅街で知らない人から果物を勧められるこの流れはなんなのでしょうか。
自分では気づかなかったけれど、わたしは果物が欲しくてたまらなそうな顔をしているのだろうか。
似て非なる話として、山田太一さんの「車中のバナナ」というエッセイがあります。
バナナおじさんだ。
うーん、やっぱり違うか。
わたしはこのお話を「絶望図書館」というアンソロジーで知りましたが、ここでは他人から食べ物を勧められるという出来事が、ほのかな恐怖をともなって語られます。とても短い文章なのですが、人によって受ける印象は様々かと思います。
話を戻して、梅おじさんを前にふと考えたのち、わたしは答えました。
あー、今、うちにも梅いっぱいあるんですー!
これは事実でした。やはり別のところからいただいた梅があり、農園に頼んだ梅もこれから届く予定で、梅天国とでも呼びたいような有様だったのです。
ふーん、そうなの。
のどかにペダルをこいで去っていくおじさんの背に、できる限りていねいなお礼を言って見送りました。
もうじき梅雨がやって来るようです。
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