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「障害があっても一人暮らしができる」未来への希望を与えてくれた小さな手書きのチラシと一期一会
今年26歳になる息子がまだ3歳だった時、東京の世田谷区の太子堂に国立小児病院があり、そこで息子は整形外科の手術を受けた。
股関節の右側の骨頭を作るための大手術で、術後はギブスで胸から足のつま先までガッチリ固定され、ほぼベッドで寝たきりの3カ月間を過ごした。
この時、まだ教師だった私は、当時、新しくスタートしたばかりの介護休暇を取得し、学校を休んで息子に付き添って東京で過ごしていた。
まだ幼い息子にとって、寝たきりのギブス生活は本当に大変だったけど、たまたま偶然、同時期に同じ股関節の手術をした同い年の男の子がいて、その男の子とは同室だったため、二人はすぐに友達になった。
二人は看護婦さんの計らいで、ベットを隣り合わせにしてもらい、お互いのおもちゃを交換したり、おしゃべりしたりして過ごしていた。
面会時間に私が部屋に行くと、息子は「今日はナオ君とこんなことをして遊んだ」とよく報告してくれて、私も面会に訪れるナオ君のご家族とすぐに親しくなった。
小児病院なので、入院患者はみんな子供だった。
しかも、息子がいた整形外科病棟は、(息子を含めて)だいたいが障害を持つ子供たちばかりで、身体の成長と共に、骨の整形や四肢の成形のための手術に定期的に入院する子が多い。
他の深刻な病気の病棟と違い、整形外科はみんな元気になって退院していく。だから、死別の悲しみとは無縁で、どこか明るくてカラッとしていた。それに、みんな自分の障害と向き合いながら日々頑張っているので、心根が優しくて明るい子たちが多かった。
特に夏休み中になると、全国から手術を受けに中学生や高校生など大きな子供たちが入院してきて、病棟はとても賑やかだった。
息子が淋しくて泣いていると、別の病室から車いすのお兄さん(中高学生たち)が息子の様子を見に来てくれて、一緒に遊んでくれていたこともあった。
この時、出会った(当時中学生だった)男の子の一人とは、今も交流があり、彼の結婚式の際にはささやかだけどメッセージとプレゼントを贈った。あの時、息子の面倒を見てくれた優しいお兄さんは、今はパパとなって家族を支えている。
◇
3カ月にも及ぶギブス生活を終えて、いよいよギブスカットの日を迎えた。
ギブスカットの時は、息子の胴体から太ももまでをガッチリ包み込んでいた固いギブスを、専用のノコギリでギーギーと切っていくのだけど、身体の脇をカッターが走る恐怖より「早くこのギブスとおさらばして自由になりたい」という欲求の方が、息子には強かったようだ。
カットの日が決まったとき、息子は大喜びだった。
こうして無事にカットしてもらい、下半身が晒された後は、3カ月ぶりにシャワーで身体を洗ってもらった。垢がすごくて看護師さんと私は驚いたけど、息子は「サッパリした」と、とても気持ちよさそうだった。
◇
ギブスが外れた後は、リハビリがいよいよ始まる。
看護師さんの案内で、ストレッチャーベッドに乗せた息子と共に、病院内のリハビリ室に向かった。
ここで、息子のリハビリの担当となるA先生と初めて出会う。元相撲部というガッチリした大きな先生だった。ギブスで体が固くなり、少し足を動かすだけで激痛が走る息子に、A先生は気長に付き合ってくださった。
病室からリハビリ室へ、息子を連れていくのが私の日課(仕事)になり、私は面会時間になると、水治療法の準備をし、移動用のストレッチャーベッドに息子を乗せて、リハビリ室に向かう。
息子のリハビリが終わるまで、私は廊下の椅子に座り、じっと待ち続けた。
◇
そんなある日のこと。いつものように、息子のリハビリが終わるまで廊下で静かに待っていた時、ふと、廊下の掲示板に貼られてある手書きのフライヤーが気になった。
細かく字がびっちり書き込まれてあるそのチラシの上部には、「ボランティア募集」と大きく記されてあった。
「えっ?何のボランティアかな?」
私は興味を持ち、そのチラシに近寄り、書かれてある文字を順番に目で追って見た。
なんと、それは一人暮らしをしている重度障碍者の青年の日常生活を支援するためのボランティア募集のフライヤーだった。それも個人で募集しているものだ。
このチラシの主は、重度の脳性麻痺をもつ肢体不自由の若者で、彼の障害の特徴まで詳しく説明されてある。
そして、この中の説明から、このフライヤーも、私的に募集して来てくれたボランティアさんによって作られたものだ…と分かった。
このチラシの主である彼は、世田谷区内のアパートで独り暮らしをしているそうで、募集している主なボランティアは、食事を自炊で作ること(何をどう調理して何を作るかは、彼が指示を出すので、彼の手の代わりになって作ってほしいとのこと)、お出かけと買い物の介助(行きたい場所や買いたいものは彼が伝えるので、買い物かごをもって商品を入れたり、彼の財布からお金を支払ったり…等の手伝いをしてほしいとのこと)、その他、生活に必要な諸々の作業や活動について、細かくボランティアのメニューが挙げられてあった。
これを見て、私は正直、度肝を抜かれた。
当時1990代後半の日本社会は、「障碍者が一人暮らしをする」という発想なんて世間の人たちの頭の中に1ミリも無かったからだ。
もちろん、私自身にも…。
この頃、障碍者が一人で暮らしていくには、あまりに大きな障壁があり、それを乗り越えていくには膨大なパワーとエネルギーが必要だった。それでも無理して社会自立を目指すとなると、当時はかなり自腹を切る必要もあり、最終的には身内(障害児とその家族)だけで何とかするしかなかった。
つまり、それは「無駄なことはするな」「余計なことはするな」という社会からのメッセージでもある。要は「諦めなさい」ということだ。
しかし、このチラシの彼は、そんな社会に潜む「障碍者への高すぎるハードル」を、匍匐前進をするかのようにゴイゴイとよじ登り、自力で乗り越えようとしているのだ。それもボランティアという名の彼の支援者と共に…。
純真に「これはすごい…」と感じた。
更に読み進めると、このチラシの隅っこに、彼のケータイ番号が明記されてあり、注意書きとして「僕は麻痺があるため、話すとき、はっきり発音ができません。電話に出た時、最初はアーウーしか言えず、話すのに時間がかかりますが、驚かず少し待っていてください」ということが記されてあった。
これを見た時、私は、雷が脳天を貫いたような衝撃を受けた。
ここまで自分をオープンに開示し、自分の暮らしの中に健常者を巻き込みながら、「一人で暮らしたい」という願いを彼は達成しているのだ。
目の前に貼られたフライヤーを見て、私は、この彼の勇気と行動力に深く感銘を受けたのだった。
重い障害があっても、一人暮らししても良いんだ…。
これは、私の息子の未来でもある。
掲示板のチラシを介しての小さな出会いだったけど、このチラシの主の彼から、私は大きな励ましをいただいた。
そして、明るい希望を見つけた。
◇
それから15年後。
18歳の春。息子は大学に進学することとなり、京都で一人暮らしを始めた。
「この身体(障害)で一人暮らしだなんて…。無理なんじゃないの?」と、人から言われたこともあったし、やんわりと反対されたこともあった。
でも、そんな時、私の心の支えとなったのは、あの日、国立小児病院のリハビリ室の薄暗い廊下で見た、あの重度障碍者のお兄さんの「ボランティア募集中」のチラシだった。
そう、困ったことがあれば、素直に正直にヘルプメッセージを発して、助けてもらえばいいのだ。
できないことがあるのは、決して恥ずかしいことではない。
むしろ、できないことを補い合うことで、人とのつながりが生まれる。
みんなお互い様だ。
元気な人だって、いつかは人の世話になるときが来るんだもの。
みんなで互いに助け合って、みんなで学び合えばいい。
そんな風に気楽に構えて、私は息子を京都に送り出した。
京都では、関西の人々(大学の友人とそのご家族の皆さん)のお世話になり、とても充実した学生生活を送ったようである。ありがたいことだと感謝した。
こうして息子は無事に大学を卒業し、今は社会人になった。就職して地元に帰って来たけど、実家には入らず、職場の近くで一人暮らしをしている。
昔、息子がまだ3歳だった時は、叶わぬ夢のような感じがしていた「一人暮らし」を、彼は満喫し楽しんでいる。
あの時から、社会も大きく変わった。
人々の意識も少しずつ変化し、今やバリアフリーからインクルージョンへ…、世界もどんどん成熟しつつある。
以前と比べたら、障害者への無理解からくる差別的な対応は、随分減ってきたなぁ…と思う。それだけ多くの障碍者が社会に出て、健常者の目に触れるようになり、みんな見慣れてきた…ということだ。
◇
今も時々、ふと思い出す。
あのチラシの彼は、今も一人暮らしを楽しんでいるのだろうか?
もしもお会いすることができたら、「あの時、目にしたあなたのチラシに支えられて、私たちも息子の一人暮らしを実現させたんですよ!本当にありがとうございました。」と、心からお礼が言いたい。
あなたの生き方が、私たち親子の価値観と息子の人生を大きく変えてくれたのです…と。
一期一会。
病院の掲示板に貼られた一枚の手書きのチラシが繋いでくれた、大切なご縁。
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