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デジタル時代のメンタルヘルス〜情報との向き合い方を見直す〜

ある日何気なくスマートフォンの「スクリーンタイム」を確認して、私は愕然とした。1日の画面表示時間が8時間を超えていたのだ。睡眠時間よりも長い時間を、スマートフォンに費やしている。この数字が示す現実に、背筋が凍る思いがした。

この文章を読んでいるあなたも、きっと似たような経験があるのではないだろうか。朝、目覚めた瞬間の天気予報チェック。通勤電車でのニュースアプリ巡り。仕事の合間のSNSチェック。そして夜、布団の中でのYouTube視聴。気がつけば、私たちの一日の大半は、画面を見つめることに費やされている。

インターネットが私たちにもたらした恩恵は計り知れない。遠く離れた友人との何気ない会話も、世界中の最新情報も、指先一つで手に入る。買い物も、学習も、仕事も、あらゆることがオンラインで完結する時代だ。しかし同時に、この驚くべき利便性は、私たちの心の健康を静かに、しかし確実に脅かしているのかもしれない。

例えば、こんな経験はないだろうか。何気なくニュースアプリを開いて、数分間スクロールしただけで、妙に気分が重くなる。戦争の惨状、凄惨な事件、政治の混迷、経済の不安...。そして不思議なことに、気分が落ち込んでいるのを感じながらも、どんどん暗いニュースを追いかけてしまう。まるで、渦に巻き込まれるように。

この現象について、画期的な研究結果が発表された。Christopher A. KellyとTali Sharotによる最新の研究(※)は、私たちの「ネットサーフィン」が、思いがけない形で心の健康に影響を与えていることを明らかにした。

これまでの研究は、主にスマートフォンの使用時間という「量」の問題に注目してきた。しかしKellyとSharotは、私たちが接する情報の「質」、特にその感情的な色合い(ポジティブ/ネガティブ)に着目した。自然言語処理技術を駆使して1,000人以上のウェブ閲覧行動を分析した結果、衝撃的な事実が判明したのだ。

ネガティブな情報に触れると、私たちの脳は無意識のうちにさらにネガティブな情報を求めてしまう。まるで、甘いお菓子に手を出すと、次々と口に運んでしまうような現象だ。そして、この「負の連鎖」は、私たちのメンタルヘルスに実害をもたらすことが、科学的に証明された。

しかし、この研究は同時に希望も示している。情報との付き合い方を少し工夫するだけで、この悪循環から抜け出せる可能性があるというのだ。実験では、ウェブページに単純な感情ラベル(「気分が良くなる」「気分が悪くなる」など)を付けただけで、人々の情報選択行動が変化し、気分の改善が見られた。

では具体的に、私たちに何ができるだろうか。

第一に、自分の情報消費を意識的に観察することから始めよう。スマートフォンには、使用時間や閲覧したアプリを記録する機能が備わっている。週に一度でいい、自分がどんな情報に触れているのか、振り返ってみてはどうだろう。

第二に、情報との向き合い方を「受動」から「能動」へと転換しよう。ネット上の情報は、アルゴリズムによって巧妙に選別され、私たちの感情を揺さぶるよう設計されている。だからこそ、「この情報は本当に必要か」「この記事は信頼できるのか」と、批判的に考える習慣が重要になる。

そして第三に、意識的にポジティブな情報にも目を向けることだ。暗いニュースに触れたら、その分野の希望的な展開も探してみる。環境破壊の記事を読んだ後は、環境保護の成功事例も調べてみる。このような能動的なバランス取りが、心の健康を保つ鍵となる。

インターネットは、使い方次第で私たちの人生を豊かにも、貧しくもする。それは丁度、強い潮流のような存在だ。流れに身を任せれば、望まない場所に流されてしまう。しかし、適切な知識と技術があれば、その流れを利用して、望む場所へと進んでいける。

今、あなたのスマートフォンは、あなたの心をどちらに導いているだろうか。その答えは、画面の向こう側ではなく、あなた自身の中にある。

※参考文献
Kelly, C. A., & Sharot, T. (2024). Web-browsing patterns reflect and shape mood and mental health. Nature Human Behaviour.

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精神科医kagshun/EMANON
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