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統合失調症治療の新たな希望、Cobenfy(旧KarXT)の物語〜セレンディピティと創薬

医学の歴史には、思いがけない出会いが新たな地平を切り開く瞬間がある。

私たち精神科医が長年待ち望んでいた朗報が、ついに届いた。数十年ぶりとなる、全く新しい作用メカニズムを持つ統合失調症治療薬の誕生である。

統合失調症という病は、しばしば深い霧の中を歩むような体験だと表現される。世界中で約2,400万人が罹患し、患者の人生に大きな影響を与えている。

幻覚や妄想に悩まされ、感情が平板化し、意欲が失われていく。そんな霧の中で、患者たちは必死に自分の存在を確かめようとする。私たち医療者にできることは、その霧の中に一筋の光を届けることだけだ。


1950年代、クロルプロマジンという薬剤の発見は、統合失調症治療に革命的な変化をもたらした。これまでは患者を閉じ込め、効果は乏しいが有害な治療法しか存在していなかったが、投薬で症状を緩和することができるようになったのだ。

これは純粋な偶然の産物だった。抗ヒスタミン薬として開発された化合物が、思いもよらない効果を示したのである。

セレンディピティ。この美しい言葉は、「偶然の中に意味を見出す力」を表す。医学の歴史は、そんなセレンディピティによって大きく動いてきた。

そして今、新たな光が差し込もうとしている。

Cobenfy(旧KarXT)と名付けられたこの新薬は、これまでとは全く異なるアプローチで統合失調症の症状を和らげる。ドーパミンやセロトニン受容体ではなく、ムスカリン受容体という、まったく新しい標的に作用するのだ。

この発見の道のりもまた、偶然との出会いから始まった。

ムスカリン受容体の働きが低下していることが知られるアルツハイマー病に対する治療薬として開発されていた化合物が、思いがけず統合失調症に効果を示したのである。しかし、吐き気などの消化器系の副作用という大きな壁が立ちはだかった。

ここで、科学者たちの執念が試される。

彼らは、脳には作用するが血液脳関門を通過しない薬剤との組み合わせという、絶妙な解決策を見出した。これで腹部の副作用は抑えるが、脳には効果を届けることができる。

まるで暗号を解くように、複雑なパズルのピースを組み合わせていったのである。

その結果、統合失調症の陽性症状だけでなく、陰性症状や認知症状にも既存薬と比べても効果を示す(可能性のある)画期的な薬剤が誕生した。既存薬で悩まされていた体重増加などの副作用も少ないという。

米国では9月に承認され、多くの患者に希望をもたらしている。日本での承認はこれからだが、きっと近い将来、この新たな光が日本の患者たちにも届くだろう。

医学の進歩は、時として予想もしない場所から訪れる。

それは、霧の中で光を探し続ける私たち医療者に、そして何より患者とそのご家族に、新たな希望をもたらしてくれる。

この希望の光が、一人でも多く患者、その家族の人生を照らすことを、心から願っている。

※承認前に、同薬剤を詳しく説明したvoicy

参考情報

免責事項

この記事は、情報提供のみを目的としており、医学的アドバイスを提供するものではありません。統合失調症の診断や治療については、必ず医師にご相談ください。

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精神科医kagshun/EMANON
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