堀田量子 第2章の解説
第2章については、これと同じ内容を私なりのやり方で書き直すという形の記事を既に公開しています。しかし教科書の流れに従って最初から読んでいく形の解説も必要だろうと考えるようになりました。最近になって私自身が教科書を読み返したときに、話の流れをすっかり忘れてしまっていて、書かれている意味が即座に読み取れない箇所が多かったからです。
私はこの教科書を使ったオンラインでの個人授業を行っており、その中で受けたご質問や行った議論などを反映させていただいております。ご協力くださった方々に感謝しております。
全体について
まず第2章全体について書きます。この章は急に難しくなると思います。
理解できないのは読者のせいではありません。ほとんどの人間は、4つ以上の未解決な情報を同時に扱うことができません。しかしこの章の前半では以下のような多数の情報を次々と手渡され、それを頭の中でジャグリングしなくてはならないのです。
$${ \sigma_x }$$ $${ x }$$軸方向のスピンを測定したときの値 (1)
$${ \sigma(\vec{n}) }$$ $${ \vec{n} }$$方向のスピンを測定したときの値 (2)
$${ \langle\sigma_x\rangle }$$ $${x}$$軸方向のスピンを測定したときの期待値 (3)
$${ \langle\sigma(\vec{n})\rangle }$$ $${\vec{n}}$$方向のスピンを測定したときの期待値 (4)
$${ \langle\vec{\sigma}\rangle }$$ 3つの軸方向のスピンの期待値を並べて作ったベクトル (5)
$${ \hat{\sigma}_x }$$ パウリ行列 (6)
$${ \hat{\sigma}(\vec{n}) }$$ パウリ行列と$${ \vec{n} }$$との内積で作った行列 (7)
$${ \hat{\rho} }$$ 密度行列 (8)
$${ p(\sigma_x=+1) }$$ $${ x }$$軸方向のスピンを測定したときの値が +1 になる確率 (9)
$${ \hat{P}{+} }$$ 射影演算子 (10)
しかし落ち着いて考えれば頭の中で保持する情報を減らすことが出来ます。まず (1) については (9) のように確率$${ p }$$の種類を表すためだけに出てきます。
(5) は$${ \langle\vec{\sigma}\rangle }$$と書くのではなくベクトルを表す矢印を外に出して$${ \overrightarrow{\langle \sigma \rangle} }$$と書いた方がこれがベクトルであることがはっきりするのでいいような気もしますが、これでは見栄えが悪いので$${ \langle\vec{\sigma}\rangle }$$と書いてあるのでしょう。こういうのは単に記号ですから、区別できればいいわけです。そういうものだと割り切りましょう。(5) は (3) のようなものを 3 つ並べてベクトルにしただけのものです。
$$
\langle\vec{\sigma}\rangle \ \equiv\ \Big( \langle\sigma_x\rangle , \langle\sigma_y\rangle , \langle\sigma_z\rangle \Big)
$$
ここでもう一度、(1) ~ (10) の説明を上から順に読んでいってみてください。似た記号ばかりですが、それなりに規則性みたいなものがあって、このような記号で表している理由が見えてくるかと思います。
さて、もう一つアドバイスをしておきたいと思います。これはこの章に限らないのですが、分からなくなったときには章末の演習問題を先にやった方がいいかもしれません。これは章全体を読み終わってから力試しのためにやるものではありません。分かるために読者自身が途中で試してみるべき例を載せてくれてあると考えてください。
では、最初から読んでいくことにしましょう。
2.1節
任意の二準位系の物理量は$${ a \sigma(\vec{n}) + b }$$という形で表されるだろうという話が出てきます。つまり、$${ \sigma(\vec{n}) }$$についてだけ考えて理論化すれば十分であろうというわけです。任意の物理量を考えないのは理論として不完全ではないのかと疑うかもしれませんが、この話は 2.5 節で解決しますのでご安心ください。後ほど任意の物理量を扱う理論形式が出来上がります。いきなりそこまで想定して議論を行うと話が複雑になりすぎて読者が付いてこられないので、とりあえず計算しやすい範囲に制限して議論を行うようにしています。
「量子状態」の定義らしきものも出てきます。分かってから読めばなるほどなと感心できるような表現になっているのですが、初学者にとってはちょっと何を意味しているのか読み取りにくいかもしれません。要するに、「ある系に対してこれからどんな測定を行おうとも、どんな確率でどんな測定値が得られるかを完全に分かっているような状態」を指して量子状態と呼んでいます。確率を知っていればいいのであって、どんな値が得られるかを確実に予言できる必要はありません。
スピンの測定で得られる値はプラスマイナス 1 のどちらかなので、あらかじめどちらかの確率が 100 % であると予言していた場合をのぞき、一回きりの測定では予言が当たっていたかどうかを判断することはできません。たいていの場合は、同じ量子状態になっている系を幾つも用意して無限回の測定を行って検証することになります。
2.1.1節
書かれているままですので省略します。
2.1.2節
一回一回の測定では +1 か -1 かの値しか出ないので、測定角度を傾けたときに出る結果にはベクトルっぽい振る舞いはないのですが、期待値を使って表してやればベクトルのような性質があるという話です。ここで言うベクトルのような性質というのは、一旦、$${ x , y , z }$$の各方向に測った値の期待値を得てこの 3 つの値を並べてベクトルとして表しておけば、別の角度で測ったときの期待値が、その方向のベクトルの成分を得るのと同じようなやり方で得られる、ということを表しています。(2.5) 式は実験事実でありますので、なぜそうなるのかということを論じることはせず、この結果を再現するような理論体系を作って行こうという方針で進みます。
しかしながら、そういう理論体系が出来てしまった後でそれを受け入れるならば (2.5) 式が成り立つことはそこから説明できるようになるわけです。ここでの主張は、とりあえず理論を作るための土台として (2.5) 式の実験事実を利用しようということになります。
2.1.3節
(2.6) 式は (2.3) (2.4) 式をひとまとめにして (2.5) 式を使って書き変えただけです。どんな角度の測定であっても、一旦、$${ x , y , z }$$の各方向に測った値の期待値を得てそれら 3 つの値を並べてベクトル$${ \langle \vec{\sigma} \rangle }$$として表しておけば、どんな角度で測定したときの確率も予言できるという主張です。すでに話した「量子状態」の定義に当てはまっていますので、$${ \langle \vec{\sigma} \rangle }$$(つまりその 3 つの成分の値)が決まるということは量子状態が決まっているということでもあります。
後の 2.3 節ではもう少し違った形の式でこれと同じことを表現しますので、楽しみにしていてください。
2.1.4節
すでに話したベクトル$${ \langle \vec{\sigma} \rangle }$$は、絶対値が 1 以下のあらゆるベクトルになり得るという話です。ということは、二準位系が取り得るあらゆる量子状態というのは、半径 1 の球面とその内部の全ての点を取り得るわけです。それを図示したものがブロッホ球です。
「純粋状態」だとか「混合確率(混合状態)」という用語が出てきていますが、この章の最後の節で説明する話なので軽く流してください。このブロッホ球の表面が純粋状態で、内部は混合状態である、という話を先走って話してしまっているだけです。
(2.7) 式の両辺が 2 乗されているのは (2.8) 式に当てはめやすくしてあるだけなので気にする必要はありません。
(2.8) 式を満たすあらゆる量子状態は実現可能なのかという問題が残ります。これは次のように説明されます。任意の方向$${ \vec{n} }$$の向きに測定するというのは、$${ \vec{n} }$$が$${ z }$$軸を向くような姿勢の変更をスピンの側に施してやって$${ z }$$軸方向の測定を行うのと等価です。スピンの姿勢の変更はこの$${ \langle \vec{\sigma} \rangle }$$というベクトルと連動していると考えられます。もちろんこれも実験による裏付けが要るとは思いますが、実際にそうなっているようです。
例えば$${ z }$$軸での測定をして上向きが出た後の状態というのは$${ \langle \vec{\sigma} \rangle = (0,0,1) }$$と表されます。この状態になったスピンを空間的に回転させてやれば、$${ \langle \vec{\sigma} \rangle }$$というベクトルがどの方向に向いた状態についても実際に用意できることになります。
ブロッホ球の内部の点に相当する量子状態を実現する方法については 2.8 節までお待ちください。
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