見出し画像

堀田量子 第3章の解説

 第3章については、「同じ内容を私なりのやり方で書き直す」という形の記事を既に公開しています。しかし教科書の流れに従って最初から読んでいく形の解説も必要だろうと考えるようになりました。最近になって私自身が教科書を読み返したときに、話の流れをすっかり忘れてしまっていて、書かれている意味が即座に読み取れない箇所が多かったからです。

記事一覧へ戻る

 私はこの教科書を使ったオンラインでの個人授業を行っており、その中で受けたご質問や行った議論などを反映させていただいております。ご協力くださった方々に感謝しております。


全体について

 この第 3 章は、第 2 章で解説した二準位系の理論を三準位系以上の系に対しても使えるように拡張しようとする話です。ほとんど同じ理論形式ですが、二準位系で成り立っていたことの一部は成り立たなくなります。また、二準位系を考えるときには意識しないで済んでいた概念が表に出てきたりもします。

3.1節

 基準測定という概念が出てきますが、これをいきなり理解するのは難しいです。$${ N }$$準位系というのは$${ N }$$個の異なる測定値が得られる可能性がある中から、測定によって一つが得られるような系のことです。そのような測定を行う手段が必ず一つはあるはずだと考えて、それを基準測定と呼ぶことにします。手段が一つもなければ何の測定もしようがないので、当たり前の話だとも思えます。とにかく一つあればいいわけです。

 それだけでは何のことか分からないので、スピンを例にして話してみます。第 2 章のスピンの話では、測定手段が無数にありました。$${ z }$$軸の向きにシュテルンゲルラッハの実験をしてもいいですし、$${ x }$$軸の向きにシュテルンゲルラッハの実験をしてもいいですし、$${ y }$$軸の向きに測定してもいいですし、それ以外のどんな方向に測定を行ってもいいです。ところが、もし仮に$${ z }$$軸の向きに測る以外に測定手段を持っていなかったとしましょう。それでも大丈夫です。測定対象の方の向きを変えてやってから$${ z }$$軸方向にスピンを測れば、例えば$${ x }$$軸方向に測ったのと同じ意味の測定を実現することができますし、あるいは、他のどんな軸に沿った測定も$${ z }$$軸方向の測定装置のみで実現できます。二準位系のスピンの話の中で言うならば、例えば$${ z }$$軸方向に測定を行うことを基準測定と呼ぼう、と言っていることに相当します。

 スピン以外の場合には、本当に一つしか測定手段がない(あるいはまだ一つしか見つかっていない)ような場合があるかもしれません。それでも以降の論理展開に差し障りがありませんのでご安心ください。

3.1.1節

 ここでは$${ N-1 }$$個の物理量というものが出てきます。3 準位系ならば 2 個の物理量を考えましょうということになります。先ほどの私の説明で測定手段が一つしかない場合でも大丈夫だと書いたことと矛盾しているような気がしてしまいます。しかし矛盾はありません。ただし、この話に納得するには少し理論の全体を知っておく必要があり、少し先まで待たないといけないかもしれません。

 簡単に先のことを踏まえて結論を言ってしまいますが、一つの基準測定をしたときに$${ N-1 }$$個の物理量の値が同時に定まっているのだという考え方をしています。一つの物理量しか測っていないのに、複数の物理量の値が一緒に決まってしまうのはおかしい気がします。これは、理論をうまく作るために、あたかもそのように定まる複数の物理量があるかのように、仮にそう考えようというだけの話です。

 スピンの場合には$${ N=2 }$$でしたから、$${ N-1 = 1 }$$であって、一つの測定を行うことで一つの物理量しか定まりませんでした。しかし$${ N }$$が 3 以上になるとそういう変なことを考える必要が出てきます。なぜそういうことを考える必要があるのかは、3.6節あたりまで進んだ頃にようやく見えてきます。(密度行列$${ \hat{\rho} }$$を完成させるために、ある条件を満たす複数の物理量を用意してやる必要があるのです。)

 (3.2) 式や (3.3) 式の意味が分からずに悩む人が多いだろうと思います。これは二準位系のときと同じように、仮に計算に都合の良い測定値を設定して理論を作り、後で一般の物理量に関しても成り立つ法則を作ろうという意図があります。

 $${ N }$$準位系ですから、測定した結果が$${ N }$$個の中のどれであるかを区別するために$${ N }$$個の異なる測定値を用意してやることになります。第 2 章でも述べたように、測定値とは実験装置によって決まるものであって、測定結果を区別するための指標に過ぎません。そして今は、そのようなものを $${ N-1 }$$個の物理量についてそれぞれ決めてやる必要があります。(3.2) 式や (3.3) 式を満たすようにうまく決めることが出来るでしょうか? それが可能だというのがその下に書かれている説明です。

ここから先は

12,667字

¥ 300

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?