アフィン性って何?
今回は堀田量子の第6章に出てくる「アフィン性」という用語についてごく簡単に説明しようと思います。突然用語だけ出てくるのでそこにどんな意味があるのか気になりますよね。
アフィン性というのは数学用語ですか
はい、その通りです。しかしこの用語の意味をあまり厳密に考える必要はないのではないかと思います。「線形性」に似た概念ですが、数学用語にしてはそれほど統一された定義が無いようです。
おそらくはこの概念を利用しているのが物理学者ばかりで、あまり厳密なことへのこだわりが必要無いため、数学者による厳密な解説がほとんど目立たないせいではないかと思います。
今回の記事も厳密なものではありません。それぞれで詳しく調べていただく参考になるようにざっと説明してみます。
線形性とは何だったか
まずは足掛かりとして「線形性」について説明します。ベクトル$${ \bm{x} }$$の線形変換というのは具体的には行列$${ A }$$を使って次のように表せます。
$$
\bm{x}' \ =\ A \bm{x}
$$
別のベクトル$${ \bm{y} }$$も同じ変換によって次のように変換されます。
$$
\bm{y}' \ =\ A \bm{y}
$$
このような変換をもう少し抽象的に$${ \bm{x}' = f(\bm{x}) }$$という記号で表したとき、次のような法則が成り立っていることが言えます。
$$
\begin{aligned}
f(a \bm{x}) \ &=\ a \, f(\bm{x}) \\
f(\bm{x} + \bm{y} ) \ &=\ f(\bm{x}) \ +\ f(\bm{y})
\end{aligned}
$$
まとめて書けば次のようになります。
$$
f(a \bm{x} + b \bm{y} ) \ =\ a \, f(\bm{x}) \ +\ b \, f(\bm{y})
$$
これを「線形性」と呼んでいるのでした。この式の左辺には$${ a \bm{x} + b \bm{y} }$$という形が出てきますが、これを$${ \bm{X} }$$という記号で表すことにします。
$$
\bm{X} \ =\ a \, \bm{x} \ +\ b \, \bm{y}
$$
これを$${ \bm{x} }$$と$${ \bm{y} }$$の「線形結合」と呼ぶのでした。ここでは 2 項だけで表していますが、項の数は好きなだけ増やしても構いません。この$${ \bm{X} }$$を使って上の変換で起きていることを書き表すと次のようになります。
$$
\begin{aligned}
\bm{X}' \ &=\ f(\bm{X}) \\
&=\ a \, f(\bm{x}) \ +\ b \, f(\bm{y}) \\
&=\ a \, \bm{x}' \ +\ b \, \bm{y}' \\
\end{aligned}
$$
この式と一つ前の式を見比べてみて下さい。$${ \bm{X} }$$と$${ \bm{X}' }$$とは変換の前後で同じ形を保つことが読み取れます。どういうことかと言いますと、$${ \bm{X} }$$を変換してやった結果は$${ \bm{X}' }$$になりますが、$${ \bm{X}' }$$というのは、$${ \bm{x} }$$と$${ \bm{y} }$$をそれぞれに変換した$${ \bm{x}' }$$と$${ \bm{y}' }$$を使って$${ \bm{X} }$$と同じ形で書けているということです。線形変換は「線形結合の構造」を保つ変換であると言えます。
アフィン性の説明
次は「アフィン性」についてです。ここまでの説明のパターンに沿わせる形で説明してみましょう。まず、「アフィン変換」というものがあります。これはベクトルの線形変換と平行移動を組み合わせたような変換です。物理では特殊相対論の解説で出てくることがあります。これはローレンツ変換と平行移動を一度に表すときに使います。
具体的には次のような形で表せます。
$$
\bm{x}' \ =\ A \bm{x} \ +\ \bm{d}
$$
別のベクトル$${ \bm{y} }$$も同じ変換によって次のように変換されます。
$$
\bm{y}' \ =\ A \bm{y} \ +\ \bm{d}
$$
このような変換をもう少し抽象的に$${ \bm{x}' = f(\bm{x}) }$$という記号で表したとき、どんな性質が成り立っているでしょうか? 線形性のようにすっきり書き表すことができそうにありません。「アフィン性」を素人向けに分かりやすく表現する便利な手段はないということでしょうか? いや、諦めずに何とか探してみましょう。
先ほどと同じ線形結合で作ったベクトル$${ \bm{X} (= a \bm{x}+b\bm{y}) }$$をアフィン変換してみると次のようになります。
$$
\begin{aligned}
\bm{X}' \ &=\ A \, \bm{X} + \bm{d} \\
&=\ A \, (a \bm{x} \ +\ b \bm{y} ) \ +\ \bm{d} \\
&=\ a \, A \bm{x} \ +\ b \, A \bm{y} \ +\ \bm{d} \\
&=\ a \, (A \bm{x}+\bm{d}) - a \bm{d} \ +\ b \, (A \bm{y}+\bm{d}) - b \bm{d} \ +\ \bm{d} \\
&=\ a \, \bm{x'} \ -\ a \, \bm{d} \ +\ b \, \bm{y'} \ -\ b \, \bm{d} \ +\ \bm{d} \\
&=\ a \, \bm{x'} \ +\ b \, \bm{y}' \ +\ (1-a-b) \, \bm{d}
\end{aligned}
$$
この最後の項の$${ (1-a-b) }$$の部分が 0 であってくれれば、こちらも線形結合の構造を保つ変換だと言えるのですが、そんな制限が付いた線形結合はもはや自由さを失っていて、一般的な線形結合だとは言えません。どんな制限かというと、$${ a+b = 1 }$$だということです。つまり、線形結合の係数の合計値が 1 であるようなもののみを考えないといけません。$${ \bm{X} }$$の線形結合の項をもっと増やして考えてみても同じことです。全ての係数の合計値が 1 になるという条件が要ります。そのような条件付きの線形結合を「アフィン結合」と呼ぶことにします。
すると、アフィン変換というのはアフィン結合の構造を保つような変換であると言えるようになります。係数の合計値が 1 という状況を追加すればいいわけですから、「線形性」を表す式を次のように改造してやれば
「アフィン性」というものを表す式になると思います。
$$
\begin{aligned}
&f \Big( a \, \bm{x} \ +\ (1-a) \, \bm{y} \Big) \\
&\hspace{50px} =\ a \, f(\bm{x}) \ +\ (1-a) \, f(\bm{y})
\end{aligned}
$$
係数がもう少し増えた場合には次のように表す必要が出てきます。
$$
\begin{aligned}
&f\Big( a \, \bm{x} \ +\ b \, \bm{y} + (1-a-b) \, \bm{z} \Big) \\
&\hspace{50px}=\ a \, f(\bm{x}) \ +\ b \, f(\bm{y}) \ +\ (1-a-b) \, f(\bm{z})
\end{aligned}
$$
これが堀田量子の教科書に出てきたアフィン性を表す式の正体です。
凸結合という概念もあるみたい
ところで、線形結合の係数の合計が 1 で、さらに全ての係数が非負であるという条件を課したものを「凸結合」と呼びます。凸結合の構造を保つ変換のことを何と呼ぶのかは分かりません。しかしそのような変換の幾何学的なイメージは簡単です。
例えば、二つの位置ベクトルの凸結合は必ずそれら 2 点の中間のどこかの点、つまり内分点になります。ですから変換後も、変換後の 2 点の内分点であるべきだということになります。それだけでなく内分比も同じになっていないといけません。
三つの位置ベクトルの凸結合は、それら 3 点が作る三角形の辺の上、あるいは内部だということになりますから、変換後の 3 点、およびそれらで作る凸結合もそのような位置関係になっているべきだということになります。
四つの位置ベクトルの凸結合は、それら 4 点が作る四面体の表面、あるいは内部だということになります。
五つ以上になると 3 次元空間のイメージでは不都合が出てきてしまいます。
堀田量子の教科書に出てきている式は線形結合の係数が確率を意味していますから非負の値であり、凸結合になっています。凸結合もアフィン結合の一種ですから、アフィン性と呼んでも構わないわけです。量子力学を拡張した理論では係数が負になる事態もありえるようですので、アフィン性と呼んでおいた方がいいのかもしれません。
アフィン空間
さて、ここまでの説明は大変に分かりやすいものだったと思うのですが、実は問題があります。線形空間のことをベクトル空間とも呼びますが、ベクトルのイメージの助けを借りて説明してしまっているわけです。
ベクトル空間の中の 2 点のアフィン変換を考えるとき、そのアフィン結合はベクトル空間の中に引かれた直線のイメージです。アフィン変換というのは、ベクトル空間の中に引かれたある一つの直線からもう一つの直線への変換であると言えます。もちろんどちらの直線も原点を通っていなくて構いませんし、互いに平行な直線である必要もありません。
このアフィン変換に関わる各点は、その外に広大なベクトル空間が存在していることを知らなくても構いません。これらの点にとっては直線上の世界のみが世界の全てなのです。そして、変換前の直線と変換後の直線がベクトル空間の中でどんな位置関係にあるのかということすら意識する必要がありません。
そうなると、ベクトル空間の存在に頼らずに、この変換の性質を表したくなります。そこでアフィン空間という概念が出てくるわけですが、厳密さが重んじられる数学の解説をするのは私の性に合わないので、だいたいそういう感じの動機からくる話なのだということだけ話して、そろそろ撤収したいと思います。
以下は有料にしてありますが有益なことは何も書いていません。(執筆中の私の困惑をメモしておいたものです。)今回の記事は堀田量子の範囲を離れていますし、内容も軽いものなので実質無料でほとんどすべて読める記事としておきます。もしよろしければサポートのつもりで購入していただければと思います。
ちょっと混乱
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