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男性の育休は「伝染」する――光文社新書 「家族の幸せ」の経済学 を読む


1歳から保育園に預けるなんてかわいそう。

数年前、そんなお決まりの台詞を言われたことがある。

しかし、私は何とも思わなかった。というよりも、未だにそんな台詞が生きていることに驚いた。

私の周りでは、子供を0歳や1歳で預けるのが主流だったので、どう頑張っても子供たちをかわいそうだと思えなかったのだ。


もし私が、10年前に子育てをしていたら。20年前だったら。心がチクリと痛んだのだろうか。

私がここにたどり着くまで、一体どれだけの親たちが、「小さい頃から保育園に入れるなんてかわいそう」と言われてきたんだろう。



東大の教授・山口慎太郎さんによる新書【「家族の幸せ」の経済学 】は、結婚や出産、子育てのデータを分析して紹介するという、とてもシンプルな一冊だ。その中に、こんな一節が出てくる。

育休は「伝染」する。

筆者は、男性の育休取得について、ノルウェーの事例を取り上げている。ノルウェーでは、1993年から2006年のわずか13年間に、男性の育休取得率が35%から70%まで上昇したそうだ。

ふーん、ノルウェーね、どうせ北欧でしょ。ついついそう思ったけれど、制度だけ見てみると、どうやら日本とあまり大差はない。しかも、1995年時点でのノルウェーの政府白書では、父親たちは育休取得について、こんな不安を抱えていることが示唆されている。

「会社や同僚から仕事に専念していないとみられることを心配しており、職場のこれまでのやり方と違ったことをすることに対する不安を抱いているのではないか」

なんだ、どの国も一緒じゃん。北欧もユートピアじゃないじゃん。


そこからわずか10年、どうやって育休取得率が上がったのか。解説は本書に出てくるのだが、要するに、育休は「伝染」した、らしい。男性一人が育休を取った場合、周りの同僚や兄弟の育休取得率は目に見える数値で上昇した。また、上司が取得した場合の部下に与える影響は、もっと高かった。それが、ちゃんとデータで示されている。一方で、関わりの薄い他人が取得しても、あまり伝染しなかったとか。

これまでも、なんとなく「周りが取得すれば影響されるよね」と感じていたけれど、データで、13年間にこれだけの効果が出ていることを目の当たりにすると、まるで映画のペイフォワードのように、一人の行動が作用となって大きな波が生まれることを感じる。

そしてこの作用を促進するためには、「だから男性陣は頑張って育休を取りましょう!」という安易な結論ではなく、その行動を促進するための政策や理解が必要であることまで、丁寧に述べられている。


周りを見ていると、男性の育休なんて何十年も進まないんじゃないか…と思ってしまうけれど、少しずつ前に進んでいるのかもしれない。だって、私が何の罪悪感もなく保育園に子供を預けているのは、この数十年もの母親たちの行動が、私に「伝染」しているからだと思うので。そして私の何気ない行動が、次の世代に伝染し、データのごく一部になっていくんだなあと思う。



それにしても本書は、面白いくらいに、ストーリー性がない。「データから見えてくる驚愕の事実!」という感じでもないし、「データから見えた唯一の正解がこれだ!」という感じでもない。データ分析を手段として何かを主張する本ではなく、データ分析で分かったことそのものを紹介する本だからなんだろう。

私たちは、「この行動こそが一番正しい」という言葉をつい探してしまうけれど、この本ではしつこいくらいに「あくまでこの角度からこう分析したみた場合の話です」という断り書きが入っていて、そうですよね正解はないですよねもうわかりましたよ…と思い知らされる。本書の育休に関するデータは、都合よく切り取ることで、育休賛成派の根拠にもなるし、反対派の根拠にもなるものだった。でも、それを切り取らないで、誠実に誠実に見ようとしていますよ、という姿勢が一貫して流れている一冊だった。



他にもいろんなデータ分析があるので、さらっと読むのにおすすめ。マッチングアプリから読み取る結婚の現実、育休がキャリアに与える影響、男性の育休取得と離婚の関係、保育園が家庭に与える影響、離婚法改革は離婚しない夫婦にも影響を与える…などなど。


しかし、もうマッチングアプリのデータが研究に使われる時代なんですねえ。隔世の感を覚えてしまった。


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