幸せの方程式。
『リッツパーティー』back number × ものがたり
彼女と付き合って3年の記念日を迎えた。会いたいときに会えない距離になってからは、もうすでに2年が経っていた。この距離にも慣れっこで、寂しいとか、会いたいとか口に出して言うこともなくなっていた。仕事でミスしたとき、なんとなく疲れが溜まってしんどいとき、思い浮かぶのが彼女であることに変わりはないのだけど。
そういえば、3のつくときに注意なんてことをぼんやり思い出す。相性が悪くて、別れるんだったら、とっくに離れちゃってるよな、と自分に言い聞かせる。
”なかなか会えない日々が続いてはいるけれど、次の休みには会いに行くから”
長く付き合っているカップルのマンネリ防止には、いつもしないことをと思い立って、手紙を書いてみることにした。文字にして綴ると少しだけかしこまったような言葉遣いになる。なんだか、もうひとりの自分になったような気がして、少しおかしかった。
♢
「連絡はすぐにとは言わないけど、早い方が嬉しいかも。あと、電話でお話するのも好きだから、できるときは電話もしたいな。こういうのって、ペース合わないと、どっちも苦しくなっちゃうでしょ?」
付き合い始めた頃、彼女は困ったように笑いながら、そんな話をすると、「連絡マメにして欲しいなんて面倒だよねぇ。」とつぶやいたのだった。僕は、「面倒なんて思わないよ、それも愛でしょ。」なんてクサイこと言ってみたりして。彼女からメールが届いたときは、すぐ返すようにしたし、電話だって彼女がしたがったら毎日でも応じていた。
あぁ、メールもほとんどしなくなったし、電話も5日に2回じゃ、少なすぎるよなぁ。「しょうがないなぁ。」と許してくれる彼女に甘えてしまっていた。よし、きょうは、僕から電話誘ってみよう。
”今夜、電話しない?”
”珍しいね!いいよ!さては、なにかありましたね?”
”いや、最近、電話してなかったなと思って。”
”そう?あなたから誘ってくれの珍しいから、嬉しい!準備できたらメールするね!”
僕からのメールも、電話に誘うのも、珍しいと思われるほど、久しぶりだったか。少しだけ申し訳ない気持ちになりつつ、僕も準備済ませようと腰をあげた。
♢
数回の呼出音の後に、歌うような声で『もしもし』と応答があった。
『もしもし、急に電話しようなんてごめんね。』
『悪いことしたわけじゃないんだから、謝らないの。わたしは、あなたに誘ってもらえて嬉しいよ。祝杯あげていい?』
冗談めかして許可を求めると、プルトップをあける小気味良い音が聞こえる。
『ぷはぁ〜、勝利の酒はうまいねぇ。』
『勝負してたの?』
『いや、してないけどさ。ほら、わたしも誘ってもらえる女になったんだと思ってね。』
ふふ、と笑うと饒舌な彼女が続ける。
『会いたい時にはいつでもあなたはいけど、寂しくてつらいこともお互い様で、わけあえているなら、それで嬉しいから。』
いつもより寂しそうな彼女の声で気づかされた。
仕事にも慣れて自分の職場での立ち位置も確立できているし、たまに会う友人との時間も、充実はしている。でも、僕の心と身体を安心して預けることができて、日常に欠かせないのは彼女なのではないか。
強がって大丈夫をくりかえしていることは知っている。しょうがないなぁなんていつも許してくれていることも、本当は大丈夫なんかではないはずなのに。
♢
”足りないものは君でした。”
少しだけかしこまった言葉遣いの僕が書いた手紙、ポストに入れるのがどうしてももったいなく感じて、手紙片手に彼女のもとへやってきた日曜日。少し緊張しながら、インターフォンを押す。部屋の奥から、「はーい」と声がして、軽やかな足音が聞こえる。彼女の驚く顔を想像して、少しだけ心が躍った。カチャリと、開錠する音がしてドアの隙間から、僕の大好きな人が顔をのぞかせた。
「どうしたの?」と、驚いく彼女に、「郵便です。」と、手紙を差し出す。少し間を置いて、吹き出したあとに「ほんとにしょうがない人ね。」と、目尻からこぼれそうになった雫をすくった。
彼女の弱さも強さも全部まとめて面倒みるからなんて、かっこいいことは言えそうにはない。でも、彼女の心も、ふたりの未来も晴れ渡るように努力していこうと思っている。ちゃんと伝えないとな。