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日記:聖痕(スティグマ)を刻む
・今日は久しぶりに午前終わったら直帰してもいいと仰せつかったため、午後は虹ヶ咲の映画を観に行こうと決めていた。これまでの経験から時間帯や客層を鑑みて、俺の第六感は不穏の気配を訴えていたが、まさかこれが最悪の形で的中しようとは……。
・昼はサイゼで1000円チャレンジ。空腹の割に食事という行為に対するモチベーションがなく、欠けたリソースを埋めることを優先した形。そのように言いつつも今朝は不本意ながら朝食を抜かざるを得なかったため、強気にパスタでツートンカラーを組んでしまった。なんだかんだで迷った時は庶民の味方ね。
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・優雅にランチを楽しんでいたら最寄りの劇場の上映時間が差し迫っていたため、慌てて胃袋に放り込んで直行した。多少足を伸ばしてでも別の映画館にすれば良かったと公開する15分前の出来事であった。
・滑り込みセーフ。10分ほど予告やらCMやらで猶予があるとはいえ、本当の意味での5分前行動になってしまった。それにつけても料金が高い。こちとら水曜サービスデーを狙ってきてるのになんなんだ、特別料金って。通ると思っているのかそんな道理!
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・そう思って調べてみたところ、この手のアニメは映画作品としての興行成績が見込めないためにハナから「イベント上映」という体裁で配給部署を別に設け、客の多寡を捨ててでもコアユーザー層を確実に狙い撃ちしているという事らしい。なるほど、合理的だな。
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・さて問題はここから。平日にアイドルアニメの映画に来る客層ってのは、つまるところ暇な学生か、俺のような得体の知れないおっさんと相場が決まっていて、後者を引くと大抵の場合ろくでもない結果が待ち受けている。そして引いてしまった……。俺の斜め後ろに座するのは映画座席ガチャ逆SSR、不審なハゲである。上映前からあからさまに挙動不審で、「ふぁあ〜」とかわざとらしくデカい声で欠伸などしていて絶望感が漂う。この時点で1800円払った事を心底後悔し、手近な神に十字を切って懺悔したが、赦されることはなく、真の絶望は幕を開けたばかりであった。正味1時間のうちに地獄が顕現した。
・そこから先、残念ながら肝心の本編の記憶は殆どない。俺が特別料金を支払って得た感情は斜め後ろのハゲに対する殺意のみであったからだ。も〜〜〜んのすげぇ独り言言っててとにかくノイズが凄い。稀にいる映画ガチャで一番引きたくない本物のカス! 久しぶりに引いてしまった。しかもこの手のゴミクズの中でもさらに一等級で、とにかくクソつまらんツッコミや相槌が多く、仏のように慈悲深い事で知られる俺もついに我慢の限界へと達してスタッフを呼び出すに至った。そしてこれすらカルマで言う起こりに過ぎない。
・エンドロール後、およそ成人して以来、外では初めてとも言える憤激に駆られた俺はハゲを呼びつけて連行し、スタッフの前に引きずり出した。そして劇場前で大人げもなく鬼詰めした。よもや「テメーこの野郎」とか「頭下げろや、てめーコラ」みたいな台詞を実際に吐くことになろうとは。ブチギレながらも状況の滑稽さと、平日昼間のアニメ映画をきっかけにマジギレする情けなさに内心やるせないものがあり、夢なら覚めてほしいほどであった。
・とはいえ赤の他人に安くもない料金と鑑賞体験を丸ごと台無しにされた怒りは正当であると信じているし、なにより俺は舐められてコケにされる事を許せないタチであった。詰められてるハゲはと言えば、終始キョドりながら容疑を否認し、声を振り絞って「理不尽だ」とか宣う始末。てめーに台無しにされた俺の方が理不尽だ馬鹿野郎、とほぼ原文ママに叫んでいると、監視を任せたスタッフからもやんわりと「お客様がお騒ぎになられていたようにも見えるかと」と援護射撃が。
・とにかく頭を下げて詫びろと言っているだけなのだが、震えている割に謝らない事に関してだけは頑なで、挙げ句、何を勘違いしたのか財布を取りだして示談に持ち込もうという始末。頭に血が上っているとはいえ「ごめんなさい」とひとこと言えば解放してやるのもやぶさかではなかったが、こうなるともはや殲滅以外の道がない。スタッフ同伴の手前、ギリギリ法律に抵触しない言葉選びに気を付けながら思い付く限りの罵倒を浴びせかけ、心をへし折って謝罪を引き出し、以てゲームセットとした。
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・実際の所は、言い負かしてスカッとした気分よりも、いい歳してムキになってしまった事への恥じらいが上回ってどっと疲れた。一方で、大人になってからというもの、本来怒るべき正当なタイミングを逸し続けて呑み込まざるを得ない場面が常態化して、もはや怒る事そのものが向いてないのではないかと人知れず苦悩していたコンプレックスをある程度払拭できたようにも感じた。その意味ではあのハゲにも満更、感謝を覚えないでもない。我ながらあんなにも淀みなく他者を痛罵出来るものかと感心したし、なんなら録音して残しておきたいと思う会心の一発だった。
・劇場スタッフにはお騒がせして大変申し訳ない気持ちでいっぱい。私的な紛争を取り成して仲裁して頂いた上、「ご満足頂けなかった分の迷惑料」として映画の招待券まで頂戴してしまった。俺が迷惑を蒙ったのはあくまでもハゲに対してであって、劇場そのものにはなんら含むところはないから、流石にこれを受け取るのは心苦しかった。
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・ただ、これには映画館で喚き散らした馬鹿者に対する模範的なクレーム対応(厄介払い)の側面も否めないように思えて、敢えて固辞するのも難しかった。受け取らないというのはすなわち、手打ちを良しとしない意思表示のような誤解を与える恐れもある。この券はつまるところ俺の魂に刻まれしスティグマとして消化するしかない。「私は劇場で公然と私闘に及んだ愚か者です」……有効期限が切れる年末まで、ここに二度と映画館でカスの客に因縁つけて揉めたりしないことを誓います。