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「ずっと前からT島くんのことが好きでした」

同級生の訃報を聞いた。40歳。あまりにも早い。

僕と小中とサッカー部で一緒だったT島くんは、成績もよく優秀だが、とにかく「破天荒」というイメージの男だった。

中学時代、学校の備品をちょろまかして先生に嫌がらせをするのが流行った時期があった。それは多くの場合、家庭科でミシンの時に使うボビンケースのような、ほんとうに「ちょっとした備品」だったのだが、T島くんのロッカーには理科の時間に使うどデカいラボライトが入っていて驚かされたものである。

大学生や社会人になるとさすがに落ち着いたが、飲み会で飲みすぎた僕がトイレの個室で吐いていると、上から扉を乗り越えて入ってきて強引に席に連れ戻し、さらに飲ませようとするようなところもあった。

ある時、一緒にフットサルの大会に出て、試合が始まる前にシュート練習をしていた。僕がGKでT島くんがシュートを打つ。

試合前に良いプレーをして、その良いイメージを持ったまま試合に入りたい。そう考えている僕は、何本か正面のシュートをキャッチした後にT島くんに、よりきわどいコースを狙うように声をかける。

T島くんがサイドネットを狙ったシュートを、僕が横っ飛びではじき出した瞬間に、整列を促す審判のホイッスルが鳴る。

僕は「おし!良いイメージ」と言いながらセンターサークル付近でT島くんの横に並ぶ。その時、T島くんは唐突に言った。

「ずっと前からT島くんのことが好きでした」

「なんだよ、それ?」と訝しがる僕に、T島くんは言う。

「先輩に敬語で告白されるって良くない?良いイメージじゃない?」。

笑いながら言うT島くんに、僕は「なんだよ、それ」ともう一度同じセリフを口にして笑った。そして、ポジションに向かう途中に思った。「確かに、それも良いイメージだな。方向性は全然違うけれど」と。

その試合の結果については、もう覚えていない。

◆◆◆

こんな話、たぶん僕しか覚えてなくて、T島くん本人も忘れてて、お互いの人生に何ら影響のないクソどうでもいいものだと思う。でもT島くんの訃報を聞いた時、彼とこんなやりとりをしたことを僕は思い出した。

そして、もし自分が死んだときには、誰かに同じように、こんなどうでもいいエピソードを思い出してほしいなと思った。

「失恋した時に励ましてくれた」とか「思い出深い瞬間に一緒にいた」とか、そういう劇的なものじゃなくて、ただ、なんとなく「そういや、あいつとあんな話したな」みたいな場面を思い出してほしい。

理由は巧く言えないけれど、そんなどうでもいいエピソードの塊が、その人の本来の姿のようにも思うのだ。T島くん、お疲れさまでした。

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