現実の虚構性
WBCが閉幕した。
結果は言うまでもない。日本が野球大国アメリカを下し 、本大会を7戦全勝で見事14年振りに優勝を果たした。
準決勝のメキシコ戦、そして決勝のアメリカ戦で感じたことはただ一つ、「事実は小説よりも奇なり」ということだった。
不世出の二刀流大谷翔平、衰えを知らない7色の変化球を操るダルビッシュ有、屈託のなさが愛された日系人ラーズ・ヌートバー、昨年オリックスを日本一に導いたマッチョマン吉田正尚と言ったメジャーリーガーに、史上最年少三冠王村上宗隆、史上初2年連続投手4冠山本由伸、完全試合達成の令和の怪物佐々木朗希など、国内で圧倒的なパフォーマンスを発揮してきたスター選手が選ばれ、大会前から侍ジャパン史上最強のチームとの呼び声が上がった。一次リーグでは、先制を許すもすぐに逆転し、そこから大きく突き放すという展開が続き、興行としてはさほど面白くない試合が多かった。メジャーリーガーの打撃、それから国内代表ピッチャーの素晴らしい投球が光り、このまま勝ち進んでも負ける画が全く想像出来ない安定感を誇っていたのが面白くなさの要因の一端だったのだろう。しかし、その中でずっと不振だったのが三冠王村上宗隆だった。長打を期待される4番を任されるも、長打どころか単打すら出ず、昨年打率トップだったとは思えないほどファンとしては残念な打席が続いていた。
そんな村上宗隆が目覚めたのが準決勝、メキシコ戦だった。先制されてそれに追いつき、そこからさらに突き放されて迎えた9回の裏。先頭大谷が初球高めを叩いて2塁打を打ち、ベンチを鬼気迫る顔で鼓舞すると、続く吉田が四球で出塁。最高の回始まりから、チャンスで村上。負けたら終わりのこの試合、ビハインドで迎えたこの場面、ここまで何度もあったチャンスに結果の残せなかった村上が打席に立った時、観ていた誰もが固唾を飲んだ。1-1で迎えた3球目、甘めに入った球をようやく三冠王のバットが捉えた。センターオーバーのタイムリーツーベースで、見事逆転サヨナラ勝利を決めた。劇的だった。ドラマチックだった。ようやく村上が解凍された。しかし、まだ彼にはホームランが残っていることを僕は気にしていた。
決勝。相手はスタメン全員メジャーリーガーのアメリカ。前の試合、辛勝した日本とは反対に、2桁得点の打線大爆発で圧勝してきた野球大国アメリカ。こちら側の打線はともかく、どれだけ相手打線を抑えられるかが鍵だろうと僕は予想して観ていた。先発今永昇太の投球は素人目に見ても素晴らしかった。昨年ノーヒットノーランを達成した素晴らしい左腕だと思って観ていた。しかし相手の打撃はそれすらを超えてきた。6番ターナーが、最高級の今永のそのボールを、簡単にレフトスタンドへ打ち返していった。これがアメリカか、と思った。本人も恐らくそう思っただろう。もっと強く思っただろう。しかし今永はやっぱり凄かった。ホームランの前にランナーを溜めなかったこと、そして打たれた後無失点で抑えたこと。粘って反撃の態勢を整えてくれた。回裏の先頭打者は昨日劇的なサヨナラ打を決めた村上。点を取られた裏、早急に追いつきたい展開で打席が回ってきた。その初球。捉えた。完璧に捉えた。シーズン中に56回も見た映像だった。打った瞬間の当たり。そして確信歩き。今永の失点をたった数分で帳消しにする三冠王の大きな一振り。昨日自分が勝手に感じていた伏線を、彼は見事に回収してくれた。その後は小さく1点を追加し、4回には巨人の4番岡本がソロホームランでリードを2点に広げ、7回までスコアが変わらずいよいよ勝ちが見えてきた。事前の見立て通り、どれだけ相手打線を抑えられるかがキーポイントになっていた。まさかここまでを1点に抑えるとは思わなかったから驚きだ。8回に投入されたのはダルビッシュ有。2009年に優勝した時の胴上げ投手であり、その後メジャーでずっと通用し続けた日本を代表する右腕。結果としては1本ホームランを打たれてしまうも、並ばれることはなくリードを保ったままベテランは凌ぎきった。ダルビッシュが決勝のマウンドで投げるというのは、やはりそれだけでもドラマチックなものだった。そして運命の9回。7回裏まで打者として打席に立っていた大谷が、投手としてマウンドに上がった。不世出の二刀流。日本のみならず、世界の宝。これまでずっと侍ジャパンを投打で引っ張ってきた男に勝利目前でその命運は託された。このまま3人で_____と誰もが期待したが、先頭打者を四球で出塁させてしまった。さすがに上手くはいかないかと思ったが、まだリードはある。そう思っていた矢先、運命の巡り合わせか、1つの奇跡が起こった。まさかの2塁前のゴロのダブルプレーで相手ランナー消失。2アウトランナー無しという場面を引き寄せた。そして最後のバッターは、トラウト。大谷が所属するエンゼルスの主砲であり、アメリカのチームのメジャーリーガーがなかなか集わないこの大会に多くの野手を集めて大会のレベルを底上げした大功労者。この2人の対戦はまさに頂上決戦そのものであった。大谷は160km/hを超える直球を連続。フルカウントで迎えた第6球。僕は外角低めのスライダーをそろそろ投げてほしい、そうすれば三振が取れると確信していた。そして大谷が放ったボールは、まさにその外角いっぱいの低めスライダーだった。内角から外角へ大きく曲がる恐ろしいスライダーだった。トラウトのバットは空を切り、ボールは中村のミットへと吸い込まれて行った。大きな声が出た。最高の投球だった。世界一の対決だった。村上のホームラン、ダルビッシュのマウンド、大谷の三振。観たいものがすべて観れた。こんなことはあるものか_______。
多くの人が言った。「マンガみたい」と。僕も最初はそう思ったが、それは違うと思い直した。考えてほしい。三冠王村上が不調から復活、大谷、ダルビッシュらの活躍。「出来すぎた」展開がいくつもあった。これがマンガだったとしたらどうだろうか。登場人物リストを観ただけで、最初にこの画が浮かんでしまう。読み進めていって、「こうなれば最高だ」と容易に想像してしまう。そんなプロットをそのままマンガに起こされれば、それはとてもつまらないマンガになってしまうだろう。はいはい、ここでホームラン打つだろ。打った。はいはい、ここで三振ね。三振。そんな感じだ。だからマンガなら、もっと想像しえない展開で心を揺さぶりに来るはずだ。つまり、フィクションはあまりにフィクションめいていると醒めてしまうので、あの手この手で変化をつけながら現実性を探求しなければならない。一方、現実のWBCではあまりにフィクションめいているものが現実として起こり、そしてそれがこれほどまでの感動を生み出した。フィクション性が高ければ高いほどその現実は素晴らしいものになるのだ。このフィクションと現実の捻れがとても面白いと僕は感じた。現実の虚構性、虚構の現実性の追求である。
事実は小説よりも奇なり。フィクションよりもフィクションめいた現実。それは腕の良い作家が書くことは出来ず、小説やマンガ等では代替不可能の唯一無二の現実である。これだけエンタメが充実し虚構を通した追体験の質が上がった現代においても、本気を出した現実を追い越すことは結局のところ不可能なのかもしれない。本当に素晴らしいものを観た。侍ジャパンに感謝。