【男性の愛おしい点について】
ご搭乗の皆さまにおたずねいたします。
お客様の中で、
人をお殴りになったことのある方は
いらっしゃいますでしょうか?
いらっしゃいましたら
お近くの乗務員までお知らせください。
✈️
なぜこんな物騒なアナウンスをしているか。
みなさんご存じ、有名ハリウッドスターWが
アカデミー賞授賞式で司会者を殴ったという
スキャンダルが報道されたからです。
真実はわかりません。
報道によると、
授賞式の司会者である有名コメディアンが、
病気で脱毛症になったWの妻を大衆の前で笑いものにした。
妻をネタにされ激怒したWは、
司会者にビンタを喰らわせるわ
暴言を吐くわの暴挙に出てしまった。
私はこの報道を見て、
一つの出来事を思い出したのです。
それはある国際線の長距離フライトでのこと…。
私のジャンプシート(CA座席)の向かい側に
男性2人組がお座りになっていました。
旅仲間という感じの2人は、
酸いも甘いも共に経験したソウルメイトのような雰囲気。
時折爆笑しながら
とても楽しそうに会話をされています。
見たところ、
20代の頃はバックパッカーでインドにドハマりし、
寝ても覚めてもガンジス川に取り憑かれ、帰国後は「人生観が変わった」と周囲に布教活動して回った界の方々ではないでしょうか。
(ちなみに私はインド滞在時一切水を口にせず、
歯を磨く時だけホテル備え付けのペットボトルの水でうがいしていました。それだけなのに帰国後1週間、自宅トイレがガンジス川になりました。
お食事中の方申し訳ございません。)
このフライトの行き先は東アジア。
お互いに年貢の納めどき、
そろそろ家庭を持つ年頃になったけれど
独身最後に悪あがきの旅…
近場でパヤパヤしようじゃないか
といった感じでしょうか。
ジャンプシートから
ニコニコ機内を眺めて、
頭の中でお客様の背景を想像する。
それは私の趣味であり、悪い癖でした。
そうして無事にお食事サービスも終わり
機内を巡回しておりますと、
あらま。
男性2人組の一人が、
ぶすくれた顔で全然違う座席に
お座りになっているではありませんか。
着陸前になっても
彼は元の席に戻る気配なく。
仲のいい二人に何かあったのだろうと
察しました。
不思議に思われるかもしれませんが、
CAは乗客や機内の少しの異変にも
よく気がつくものなのです。
離陸後すぐ、
何か焦げたような匂いがする…
まさか…
エンジントラブルかもしれない…とか。
(団体様による煎餅袋の一斉開封でした)
私は着陸前自分のジャンプシートに戻り、
思い切って、残された片割れの男性に
聞いてみることにしました。
「お連れ様、ご移動されたんですね。」
「はは…そうなんです。
恥ずかしいんですけど…」
「どうかされたんですか?」
「食事の時にちょっとケンカしちゃって…。」
「ケンカ、ですか?
とても楽しそうだなぁと思って見てましたが」
「はい…仲良いんですけど、
冗談のつもりが
あんなに怒らせちゃうなんて…」
「あら、怒ってしまわれたんですか…」
「はい…どつかれました」
「え!大丈夫ですか…?」
「大丈夫です…僕が悪いので…」
「何か気に障ったんでしょうかね…」
「いや〜。彼がね、
おにぎりを取り出したんですよ」
「おにぎり?」
「はい、なんか形の悪い…
潰れてどうも美味しくなさそうな
おにぎりをね…」
「あぁ、飛行機に乗る前に
食べ忘れたんですかね」
「はい、たぶんそうなんです!
でも僕が余計なこと言っちゃって…
"なんだそのきったねーおにぎり!笑" って…」
「もしかして、
誰かの手作りだったんでしょうかね」
「そうなんです…!
嫁さんが握ってくれたみたいで、
もし飛行機でご飯が出なかったらって
持たせてくれたみたいなんです。
それがバックパックの中で
潰れちゃってたみたいで…。
ひどいこと言っちゃいました…」
そして飛行機はスーッと
静かに到着しました。
私はこの出来事にひどく心動かされました。
座席を移動した男性を
強く抱きしめたい衝動に駆られました。
おにぎりを揶揄された彼は、きっと…
小学生の頃
友達に家族をバカにされたりした時
腹が立って悲しくて泣いた、
あのときのような気持ち
だったんじゃないでしょうか。
暴力はいけませんし、
どんなことがあっても
怒りをあらわにするのは
人として未熟かもしれません。
それでもコントロールできないほど、
誰かを大切に思う気持ち。
私は愛おしいなぁと思いました。
ちなみに私は
人を殴ったことはありませんが、
泥酔しすぎて友人から往復ビンタされたことがあります。
どんな理由があっても
人を殴るのはいけません。
後になってその友人から聞きました。
私の方から「酔い覚ましにビンタしてくれ」と
懇願されたから日頃の恨みを晴らしたんやと。
人に殴らせるような生き方をするのは
もっといけません。