二十八、二十九
なんてこった
と両手で頭を抑える反応のことをオーバーリアクションと言う人がいれば、それはまだこの絶望を味わったことがないということになる。
今日も鏡の前でひとり、ふとその言葉が溢れてしまう。軽くなっていく頭に反して心は重くなる一方、そんな毎日を過ごしている。
最近はいつか来ると思っていたことに、思い描いていたよりもずっとはやく対面している。身近な友人の結婚、免許更新、賃貸物件の更新期限。鏡の中の自分の頭髪。
今年の春から夏にかけて、急に目立ってきた髭が鬱陶しくなり脱毛サロンに通うようになった。するとどうだろう。確かに髭は目立たなくなったが、頭まで薄くするようなプランを購入した覚えは一切ない。ただ、脱毛をしながら育毛も望むという傲慢さ。なんらかの神様に倫理観を問われそうだった。去年まで毎日セットしていたセンターパートにすると、かつてモーセが割った海が見える。やかましいわ。
毎日毎日不安で仕方がない。昨日の自分よりも今日の自分はなんだか頭が薄い気がする。ネット情報によると毎日50本から100本の抜け毛は正常と記載がある。そんな50歩100歩みたいなことわざのように言われていることに腹が立った。50本の差はあまりにも大きい。もっと真剣に我々に寄り添って欲しい。むしりとるぞ。
引きこもりや鬱を引き起こす原因の一つに薄毛があることも納得できる。精神的な負担が大きすぎる。先人達はこれを乗り越えて生きている。なんて強いんだろう。薄毛についてずっと頭を悩ませている。こんなに悩んでいるんだから、血行が促進されて抜け毛が止まってくれてもよいだろう。もっと考える。
【仮説① 換毛期が原因の場合】
他の動物と同じように人間にも換毛期はあり、春と秋に抜け毛が多くなる傾向があるようだ。季節の変化によるホルモンバランスが乱れが影響している。
私は人並み以上に季節の変化には敏感で、特に夏から秋にかけてグッと落ちついた気温や街並みの雰囲気にエモくなったりするのだが、今までずっとエモくなりながらハゲていたとしたら、ショックが大きすぎる。ハゲるくらいならエモくなることなんてやめておけばよかった。このエモハゲが!
【仮説② 生活習慣が原因】
過剰なアルコールの接種での亜鉛不足や睡眠不足による成長ホルモンの分泌の低下、食生活の乱れによるビタミン・ミネラル不足、運動不足でも薄毛の原因として挙げられる。そこまで乱れている自覚はないが運動不足は該当していることは確かだ。趣味のサウナで大量に汗をかいているだけで運動した気分になるが、一説によるとサウナは「百害あって一利なし」と言われているくらい体への負担が大きい。気温の変化ひとつでストレスを感じるような我々である。水風呂による体温の急激な変化によってそれ以上の負担があるに違いない。
今まで外気浴で体が「整っていた」のではなく、毛髪が「乱れていた」のだとしたら、ショックが大きすぎる。ハゲるためにわざわざ整っていたわけだ。ふざけるのも大概にしてほしい。
【仮説③ 遺伝が原因】
いまだに信じ難い現象の一つに「隔世遺伝」がある。
両親ではなく祖父や祖母から遺伝を受けることである。あいにく父方母方の祖父はハゲており、何か間違いがない限り(あってはいけないが)私の運命は決まっている。幼い頃に祖父の似顔絵を本人にプレゼントしていたが、ふざけ半分で髪の毛一本にして波平のような顔を描いてゲラゲラ笑っていた。それは祖父ではなく未来の私の自画像であるとしたら、背筋が凍る。ショックが大きすぎる。
原因を考えてもばかりいても仕方がないので、急いで抜け毛予防のシャンプー・リンス・ヘアトニックを購入する。とにかくできることはしておくべきだ。
また今日も鏡の前で前髪(命のヴェール)(天使の羽衣)をあげると綺麗なアルファベットが浮かぶ。どこか既視感があるのは彼の姿だった。鏡の中の自分がぼんやりと、彼のシルエットになっていく。脱毛したはずのヒゲが生えてきて、服装はオーバーオールに。調べると彼は二十六歳の設定ようだ。今年で二十八の私も二十六の時はこんなに悩むことはなかった。そんな馬鹿みたいな想像にため息をつきながら、今日もまた両手でゆっくり頭を抑えてこう呟くのだった。
マンマ・ミーア