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【特別公開】『リング』鈴木光司先生インタビューin更年期

『エリーツ9 45歳からの思春期』発売記念として、巻頭インタビューを無料公開します。『リング』であの貞子を生んだ、鈴木光司先生の生の言葉をおとどけします。光のパワーを浴びろ!



text by ロベス

最近憂鬱な時間が増えてきた——漠然とそう思っていたところに、カウンターのように組まれたのが今号の「45歳からの青春」特集だった。まさに自分のためのテーマだ。ならばこの機会に、この「憂鬱」の正体に向き合い解消するヒントを探ってみようと思う。
 考えてみるといつからか躁鬱を自覚するようになった。特集は「45歳からの〜」と銘打っているが、僕はその年齢をとうに過ぎている。未来に感じていた末広がりのイメージはいつしか山を下る感覚に変化し、気が付けば頭の中に不安や焦燥が偉そうに居座っている。人生は確実に後半戦に突入している。フィジカルも弱る。視力は衰え軋むような痛みが肩を襲う。
 加えて世の中は暗いニュースばかり。少子高齢化で日本はどうなってしまうのか。普通の人が普通に生きることが許される社会ではなくなるのだろうか。自分たち亡き後、そんな世界を息子や娘は幸せに暮らしていけるだろうか。
 いつも不安だ。どこにいても誰といても寂しい。何をしても虚しい。腰が重い。いったい自分は何者なのか、何を残してきたのか。ならば、これからをどう生きていくべきか——。
 ネットの「簡易鬱チェック」なるものを受けてみる。
 「専門医の診断を受けましょう」
 だろうな……なるほど、これは今すぐ処方箋が必要だ。でも、こんな状態のメンタルで健全な答えが導く出せるものではない。こんなときは賢人に聞いてみるのがいちばんだ。すると、目の前の書棚にささる一冊の本に、ふと目がとまった。
 
『人間パワースポット 成功と幸せを“引き寄せる”生き方』
 
 なんとも怪しげなタイトルのこの本の著者は鈴木光司。そう、ホラー小説の金字塔『リング』、そして、日本の恐怖のアイコンとなった貞子の生みの親だ。この本は鈴木氏が自らの半生を振り返る自伝的エッセイで、実は10年ほど前に僕が編集を担当したものだ。帯にはガッツポーズを決める鈴木氏の写真とともに、「この男、なんでこんな前向きに育っちゃったのか」というノーテンキなキャッチコピーが掲げられている。
 思えば当時の僕はまだ血気盛んで、ミドルエイジクライシスなんて言葉とは無縁な毎日を送っていた。そのころの気持ちをサルベージするようにページをめくってみると、編集担当から悩める当事者となった僕の頭に、そこに書かれた鈴木氏の言葉がガツガツ飛び込んできた。「何、深刻な顔してんだよ」……そう叱咤されている気がした。10年前に担当したこの本は、10年後の自分に向けたものだったのだ。
 我ながら想定外の伏線回収に驚いた。ならば驚きついでに、久しぶりに鈴木光司さんに会いに行ってみよう。『人間パワースポット』に綴られた言葉の真意を聞きにいこう。そして、「45歳からの青春」に有効な薬を処方してもらおう。
 僕はまだ少し寒さの残る早春の街へ繰り出した。
 都内某所、執筆の定宿にしているとあるホテルのカフェラウンジに彼はいた。担当を離れてもう5年ほどになるが、当時と変わらぬ若々しい姿がそこにあった。


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鈴木光司(すすき こうじ)
1957年静岡県生まれ。慶應義塾大学仏文科卒。90年に第2回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞となった『楽園』でデビュー。95年に発表した『らせん』で第17回吉川英治文学新人賞を受賞。『リング』『らせん』『ループ』『バースデイ』の三部作が大人気を博す。98年、映画『リング』(監督:中田秀夫)が大ヒットとなり、その後2002年「The Ring」として、ナオミ・ワッツ主演でハリウッドでリメイクされる。13年『エッジ』で、アメリカの文学賞「シャーリイ・ジャクスン賞を受賞。

 再会

ロベス(以下ロ)光司さん、こんにちは。
鈴木光司(以下 光)おぉ、ロベス君。久しぶりだね。
ロ ご無沙汰しています。いつもここで仕事してるんですか?
光 午前中はここでね、「ユビキタス(註1)」の原稿を……ついに奇跡が起きそうだよ。
ロ おぉ、あとどのくらいでできそうなんですか?
光 今月いっぱいで最後まで書き上げて、来月推敲して原稿渡して。
ロ そうなんですね、楽しみです。ところで、今日はちょっと相談というか……「45歳からの青春」というか、中年の葛藤や不安、人生の後半戦にどう向き合うべきか、いろいろお聞きしたくて。
光 おうおう、何でも聞いてくれ。
ロ さっそくですが、光司さんが45歳のときって、2002年ぐらいですよね?
光 そうだね。45歳だと2002、3年だね。
ロ デビューは90年なので12年後ですね。その頃どういうことを考えていたんですか? そもそもどういう時期でしたっけ?
光 1998年が『ループ(註2)』を出した年だから2002年だと、あれだな、『シーズ ザ デイ(註3)』を出したころだね。
ロ じゃあブレイクして、生活も安定してきたころですね。
光 いやもうとにかく『ループ』がね、ハードカバーで100万部までいったから。ほんで、1995年が最初のブレイクで、1998年が さらにでかい2度目のブレイクなんだよ、うん。それでもう、ノリノリだった。
ロ そのころ、今後の人生とか、これからどう生きていこうかみたいなことは考えてましたか?
光 いやいや、それはもう、派手なことばっかり考えてたね。太平洋横断するとか、アメリカズカップに参戦するとか。
ロ 会社員とかだと、45とか50歳ぐらいになってくると、だんだん先とか本当の役割が見えてきて 、しょっちゅうヘコむんです。
光 そうそう、悩む時期と男の厄年が重なってくるわけ。本当は本厄って41歳なんだけれども、41、2の時に 男はそういったことを考える。それでそこにハマると非常にまずいことになるよね。俺の場合、42歳のときって大ブレイクのときだから。
ロ そんなことを考える余地もなかった?
光 そうそう、まったくない、まったくない。
ロ 自分の感覚だと、42歳でクライシスを迎えるのは早い印象があって、現実的には50歳くらいだと感じているんですよね。
光 成長が遅いな。
ロ 自分が42歳ぐらいの時って、まだまだ目の前のことに一生懸命で、それをこなすことに満足感を得ていたんですけど。
光 今、お前、いくつになったんだっけ?
ロ ●●歳です。
光 はは、そっか。成長したなぁ(苦笑)。
ロ はい、お年頃なので。
光 お年頃か(笑)。
ロ だから考えるわけですよ。で、半年ぐらい前にすごく鬱っぽくなって……自分のやっていることに価値を見出せなくなったというか、世の中の役にたってないなという……。
光 へぇ、そうなんだ。
ロ そう思うことってないですか?
光 ない!(満面の笑み)
ロ す、素晴らしいです……。
光 ねえ、な。

 戦争と個人、そして母

ロ 会社員とかって役割を与えられるわけじゃないですか。でも、この歳になると今度は役割を自分で見つけないといけない。その前に自分の役割に気づけるかっていう問題はありますけど、役割を能動的に獲りにいかないと、アイデンティティを保てなくなる。
光 アイデンティティを保てない……まあね、そうだろうと思うよ。だから役割を見つけるために目標を見極めておく。「ターゲット・ロック・オン(註4)」しなければいけないわけ。
ロ 光司さんはそれを、小学生ぐらいからやっていたんですよね?
光 そうそう、将来にね、目的を設定するときには、必ず実現可能なものじゃなくちゃいけないわけなんだよ。 俺の小学校のときの友達でね、アホなやつがいてガキ大将だったんだけど、将来アメリカの大統領になるって言い張ってたわけだ。で、高校になっても同じこと言ってたんだよ。でも、アメリカの大統領になるには、アメリカ生まれでないとダメなんだ。要するに、これはもうターゲット・ロックオンの仕方として全然ダメなわけ。 実現不可能なものを目標にしてそれに邁進したら、必ず馬鹿なことが起こる。
 そこで、俺が教えてあげたわけ、高校のときに。浜松生まれのお前がアメリカの大統領になれるチャンスはゼロパーセントだ。 方向転換しなくちゃダメだと。そしたら彼は方向転換して、今は不動産屋の社長やってんだよ。 トランプと似てるだろ。
ロ はぁ……。
光 だからね、不可能なことをロックオンしたら大悲劇が起こる。太平洋戦争だってそうだよ。 あんな馬鹿げたものは……これは『鋼鉄の叫び(註5)』で書いたわけなんだけども、とにかく 合理的でない。
 戦争は残酷だからダメだとか、そんなもんじゃない。戦争の残虐性を書いてね、「これは反戦小説だ」と宣伝してほしくはない。情緒に訴えるのではなく、なぜこのような馬鹿な目的設定をして突き進んだかということを、論理的に解明しなかったら反戦小説とは言えないわけなんだよ。
 『鋼鉄の叫び』でやろうとしたのはそういうことなんだけれども、アメリカと戦端を開く、しかも日本から仕掛けたんだよ。山本五十六は「最初の半年か1年は暴れてみせる」とお上に言った。つまり、暴れることしかできないわけ。で、何のためにアメリカと戦端を開くかって言ったら、自分たちの要求を外交的に通すためでしょ? まずその目的設定がまったくもってダメだった。というのも、最初は日本の植民地の生命線を守るためということだったけれども、そのうち八紘一宇とか大東亜共栄圏を作るとかね、どんどん目的が変わっていっちゃった。そこのところもダメで、しかも始めるなら最初から手打ちを考えておかなくちゃいけない。
 ヤクザの抗争だってそうなの。抗争を始めた瞬間、手打ちのタイミングをもう考える。始めたはいいけれど、どこで手打ちをするか。日本がもしアメリカとの戦争を勝ちで終わらせようと思ったら、 ワシントンまで攻め登らなくちゃいけない。そんなことできるわけない。
 ヒトラーは当然モスクワやロンドン、パリを目指したし、スターリンはベルリンを目指した。首都を攻略しなくちゃいけない。日本が戦端を開いた瞬間、アメリカは 日本上陸作戦を見据えて東京に攻めるための北コース、南コースと即座に2つのルートを築いたわけなんだけれども、日本は目的がまったくわかっていなかった。ただ子供が仰向けになってバタバタ暴れただけだったのが太平洋戦争なわけ。
 そのまま突き進んでいってどうなった? 大損害を被る。300万人死んだ。例えばアメリカと戦端を開くとはとはどういうことか、この目的は実現できるのかということを考えた上で行動しなくちゃいけない。それがまったくなされてない日本人の論理的思考力のなさが大問題。
ロ それが個人にも当てはまると……。
光 そう、個人の目的設定においても自分は何をしたいのか、目的は何なのかっていうことを徹底的に考えなくちゃいけない。
ロ 日本人というか自分がそうなんですけど、目的設定が下手かもしれないですね。そもそも目的の設定の仕方がわからないというか。
光 そう、下手。
ロ そこから自分は何ができるんだろうと悩み……そういう場合、光司さんならどうされますか? 45歳を過ぎて何をしていいか分からない、何をしても満たされませんという人がいたら、なんて言います?
光 時すでに遅し。ほんと言うとそうなんだけど、それじゃ立つ瀬ないわけだ。で、どうするか。要するに子供の時から自分で物事を判断して決定する訓練ができていないんだよね。
ロ 光司さんの場合、そこに導いてくれたのが?
光 母さん。母さんが働いていたっていうシチュエーションが良かった。手取り足取り「お前こうするんだよ」「こうやるんだよ」っていうことにまったく不向きだったから、自分の頭で考えて行動せざるを得なかったっていうのが良かったんだよね。

 

日本の海から世界の海へ


ロ 今までの人生……例えばヨットで外洋に出るとか、アメリカやモンゴルをバイクで走ってとか色々されたと思うんですけど、それは短期スパンの目標を設定して、クリアしたか1つ1つチェックしていったという感覚ですか?
光 そういうこと。だいたいそう。まず作家デビューが1990年だろ。その時、即座に小型船舶免許取りに行ったわけ 。でね、その時の考え方は、今はお金がないけれども時間はあるから船舶免許を取っておこう、5年後にはベストセラーが出てお金が入るだろうから、今のうちに取っておこう……だったんだけれど、そうしたら、ちょうど5年後の1995年にブレイクして、船買うわってなったんだよね。
ロ 話がそれるんですけれど、今、結婚する人どんどん減ってますよね。 昔は余計なことを考える余裕もなく、勢いで結婚してそのまま子育てみたいなところがあったのに、逆に、今は結構余裕できちゃったんで、いろんなこと考えちゃう。
光 そうだね。
ロ そんな社会状況に対して「遅い」以外に何か言えることはありますか? やっぱり、今からでもターゲット決めて、実現可能なやつを1つ1つ増やしていくことでしょうか? 大事なのは。
光 うん、まあそうなんだけれども、そのためには動き回らなくちゃいけないってことなんだよ。たとえばね、俺の人生の中では船の比重っていうのはものすごく高い。でね、夢を見るときに必ず出てくるのが船。船に乗ってる夢ばかり見る。
 先月2週間ニューカレドニアに行ってたんだけれども、コロナ明けてね、久しぶりに海外行けて、どうにか鬱憤を晴らせた。昔は国内でロングクルーズをやっていたけれども、いつまでやったかっていうと、2009年までなんだよね。 2009年までは国内のロングクルーズ。沖縄を経由して台湾に行ったりとかしてた。
ロ そこから海外に目を向けたのは、何かきっかけがあるんですか?
光 もちろん、もちろん。2009年にマブダチのヨットで皆既日食を見に行ったんだよ。 あの時はね、俺たちはトカラ列島の方に向かってたんだけれども、天気が悪くて皆既日食が全然見れなかった。曇り空で雨が降ってる中で、暗くなって明るくなっただけだったわけ。
 俺のクルーズは 7月メインでやってて、その時も7月だったんだけれども、ところが、7月からもう台風が来るようになっちゃった。2006年か7年も台風に沖縄行きを阻まれたんだよ。その辺りから、これはもうまずいなと思ってきた。
 2009年の9月に家族でイタリアを旅行したんだ。レンタカー借りて、2週間ぐらい。コースも決めないで彷徨ったのね。で、たまたま、ナポリのちょっと先にソレントっていう町があって、そこで、ホテルでも探そうと思って探したわけ。 飛び込んでいって部屋あるか訊いたら、スイートなら空いてると。いくらだって訊いたら450ユーロ。ま、当時のレートで言ったら6万円ぐらい。ちょっと高いけど、ベッドルームも2つあるし家族4人でそこに一泊したわけ。で、せっかくスイートだからルームサービスにしようと思って、近所のスーパーでワインをしこたま買って。うち、1人1本ワイン飲むんだよ。
ロ へえ。
光 4人だから4本。気分良く酔ってバルコニーに出たわけ。すると、 これ見よがしに60フィートぐらいの豪華なヨットがアンカー打って停まっていて、デッキの楽しげな光景が見えるわけだ。それが2009年の9月。俺はその時に来年からこれをやると目的を設定した。もはや日本じゃない。日本の天気はもうマズい。昔は6月7月の時期がいちばん海が安定してるって言われてたのに、今は 7月から台風が来てロングクルーズができない。それで、俺は船仲間を集めて「いいか、お前ら。来年俺は海外でクルーズして、ソレントで見た光景と同じ体験をゲットするから、手分けして実現に向けて動こう!」と発破をかけた。 そこからいろんな連中を動かして、2010年に本当に実現させた。それがギリシャのイオニア海クルーズなんだけどね。すぐにその翌年、2011年には、日本では取得できない外国で通用する船長のライセンスを海外に取りにいった。イギリス人のヨットマスターと1週間航海を供にして、オッケー、合格みたいな感じでさっさとライセンス取っちゃった。それからは毎年海外クルーズ。要するに、これをやりたいと思ったら、即座に動けってことなんだよ。
ロ 動く勇気……なかなか出ないですよね。たとえば目標を設定するとき、不安とか、ほんとにこれでよかったのかなとか、途中で思ったりしたことはないですか? これひょっとして違うんじゃないかとか。
光 いや、そりゃあるよ。小学校のときに太平洋横断っていう目標を掲げていたけれども、今はやらなくてもいいやって思ってる。それも自分に問いかけた結果なんだけれども、一体俺はクルーズに何を望んでるんだろうと。常に自分自身に問いかけなくちゃいけない。自問自答がものすごく大事になってくる。俺はクルーズに何を望んでいるのか。それが明らかになったのが2013年なんだよね。
 ナポリの沖合のプロチダ島という島でヨットを借りて1週間その辺りの島々を巡ったんだけど、温泉が有名なイスキア島の港に船を入れて「みんな温泉行くぞ!」って。戻ってきて、 午後の6時ぐらいかな、6時でもね、地中海の夏は昼間のように明るい。 ほんで、海辺のオープンエアで生ビールを飲んだ。その時さ、俺がやりたいのは、これだ!って。船を港に入れて温泉に入ってそのあと飲む生ビール。これが俺の目的だと悟ったの。そうすると、じゃあ太平洋横断はどうなのか。 日本からアメリカに行くとき、ハワイは南過ぎて寄れない。つまり4、50日は洋上で陸地がない。となると、これはやる意味があるのかと。
 俺ももういい年だけど、何事も自分がハッピーになるためにやるわけ。快楽を得るためにやるのであって、4〜50日の苦難の道っていうものは、そりゃ、成し遂げた時の感動はすごいかもしれないけど、これは今やるべきことじゃねえな、と。だから俺の目的から外した。ところが今、俺のマブダチが新たにヨットを買うことになった。一緒にニューカレドニアに行った仲間でこれが関西の大富豪なんだけれども……。
ロ フクちゃん、ですか?
光 そうだよ、フクちゃん。ロベス君、会ったっけ?
ロ 1回お会いしました。東京駅の近くのホテルで。
光 そのフクちゃんが、200フィートぐらいの巨大ヨットを買う予定でいるわけ。日本で保有する83フィートの船もマイアミで買ってるんだけど、今度はカリブ海でもっとでかいのを買って日本に運ぶって言ってんだよ。俺がその船を運んでやるとアピールしておいた。そしたら大西洋と太平洋をまとめて横断できる・笑。
 ま、そのように、自分のターゲットとしては一旦外したけれども、形を変えて実現することもある。
ロ 常に自分に問いかけて、道しるべを確認していると。
光 うん、そういうこと。ちなみに俺のヨット仲間にはヨットを本業にしているプロの人間もいるわけよ。ヨットで金を得てる。
ロ そうなんですね。そういう生活を羨ましいとは思わないですか?
光 全然思わない。俺はこれでいいと思ってる。ヨットはあくまでも遊びだよ。うん。
ロ あ、そこはちゃんと分けてるんですね。
光 もちろん、もちろん。

 

クライシスの処方箋


ロ 自分の能力の限界を疑ったことないですか。
光 そんなこと年中だよ・笑。
ロ それは執筆しているときですか?
光 うん。若い頃のように、怒濤の勢いで書けない。
ロ いや、意外でした。
光 いや、まあね。あとサーフィンやってみたかったけど、もう無理だなと思ってる。リングに立ってプロ格闘家と闘うのも、ちょっと無理かな。
ロ ミドルエイジクライシスの定義に、アイデンティティの喪失と自己肯定感の減退っていうのがあるんですけど、自分のことを否定的に考えちゃう瞬間はないですか?
光 ない。まったくない。
ロ その自信は今までやってきた経験の裏打ちからでしょうか。
光 うん、そうだね。
ロ 自分に自信を持つ方法ってなんだと思いますか?
光 持とうと思っても持てない。
ロ 自分でどうにかするものではないと?
光 それこそ幼い頃からの親の言葉が大事なわけ。例えば親から何をやってもダメだなって言われていたら、大人になってから自己肯定感を持とうとしても、持てるわけない。
ロ 光司さんのライフワークの「犯罪者の心理」も、突き詰めると大体親の教育に帰結するとおっしゃっていましたね。
光 そうだよ。意思の自由は存在しない。うん。これは 決定論的に運命が決まっているっていうことは違う。自分に与えられた環境っていうものは、なかなか自分では変えることができない。
ロ 今、親ガチャっていう言葉もありますが、恵まれなかった場合、 自分の力で方向転換することは可能でしょうか?
光 ものすごく難しい。かなり難しい。それは 人間一人の力では無理だと思う。要するに仲間がいないとだめだ。例えば虐待がきっかけで薬物に手を出している人間がいるでしょ。薬物を断つっていうのは、至難の技なわけ。薬物をやってる時だけは快楽が得られて、現実から逃れられる。これまでの不幸な人生から逃避するために薬物をやろうとなる。 薬物依存から立ち直ろうとして、精神科で処方された薬飲んだって効果はないだろう。例えばダルク(註6)とかでは同じような境遇の人間が集まって、そこで徹底的になぜ自分はこうなったかってことを議論して、発表、証言するということをやるわけ。これは仲間の力がない限りなかなか難しい。まずは生身の人間関係をきちっと作るってことだよね。
ロ 光司さんは、もし船と出会ってなかったらどうしていました? 何か別の柱となるものを見つけていたとは思いますが。
光 それは冒険だろうね。山に登ったり、北極を踏破していたかもしれない。
ロ バイクも乗られていましたしね。
光 バイクなんて誰でも乗れる。
ロ すみません……あ、悩める中年に対して「ここから始めよう」みたいなことがあれば教えていただきたいんですけど。
光 ま、外に出ることだよ。
ロ 陽に当たれと。外に出ればバカバカしくなるよと……確かに大事ですね。
光 広い世界を活発に動き回れば、細かいことが気にならなくなる。

 生きづらい日本で考えるべきこと

ロ 今、日本は「生きづらい」とかよく言われますが、それを感じることありますか? 光司さんの周りはあんまそういう人いないですかね。
光 あんまりいないけど、やっぱコロナに生きにくくさせられたよね。外出ても行くところがなかったわけよ。2020年、あれはほんと参った。レストランも旅館もやってなくて、海外も行けないじゃん。
ロ その時、多少ダウナーになりましたか?
光 まぁ、なったよね。
ロ あと、この状況はSNSが出てきてからかも知れないですね。功と罪があったなら罪のほうが大きいような気がするんですよね。
光 俺もそう思う。だからSNSやってない。ネットも見ない。
ロ 知らなくていいことを無理矢理知らされますからね。見せられちゃう。すると、どうしても人って他人と比べちゃう。で、苦しくなってきちゃう。
光 うん、そうだろうね。
ロ 光司さんは、何かに対して「すごいな、羨ましいな」と思った時に、じゃあ、それを超えよう、そのためにはどうしたらいいかっていうのを、逆算で考えるって『人間パワースポット』に書いていましたよね。
光 うん。そんな時はそいつから学ばなくちゃいけないんだよ。だから、フクちゃんともね。フクちゃんは仕事で大成功したんだけれども、 よくヨットの上でね、「コツ」はなんだってことを互いに言い合うの。
ロ こっち?
光 コツ。成功したコツはなんだという。フクちゃんの場合、 普通の人間が恐れて避ける仕事を率先してやったってこと。俺の場合も似ている。「人と同じことをやらない」を徹底させた。人と同じことやったら、いい結果なんて生まれるわけがない。ところがみんな人と同じことばっかりやってる。
ロ 逆にこれは人生遠回りしたな、今考えると無駄だったかもって思うことはありますか?
光 ないない。
ロ 無駄と思うことを選択して外してきたわけですね。
光 いろんなことやってきたけどね。例えば高校の時とか、ミュージシャンになりたいと思ったことがあって勉強もしないでピアノに熱中した。でも、その経験は絶対に生きてる。うん。
ロ 生かさなきゃいけないと思っているから、無駄なことはないと?
光 ない、ない、ない。努力によって磨きをかけようとしたことは絶対に無駄にはならない。 無駄になっちゃうのは努力抜きで快楽を得ようと思うとき。それは薬物がいちばんわかりやすいよね。摂取するだけでいい気持ちになれるっていうのは。
 スポーツでも何でもそうだけれども、スプリンターが100メートルを10秒切るときは、ものすごい快楽がやってくるわけ。この快楽っていうのは、自分の努力とか肉体を使って得た純粋な快楽であって、それをゲットするために人間は生きているわけなんだけれども、それと同じような 快楽が薬で簡単に手に入る。これはもうやっちゃダメだ。
ロ 今までの人生で生き方が変わるようなターニングポイントはなかったですか。ブレイクした時ですか?
光 にやぁ?
ロ ……自分の人生見直してみたりとか。
光 あんま、ないな。うん、ねえな。見直す必要ないもん。
ロ 結局、みんな、替えのきかない役割っていうのを見つけたいと思っていると思うんです。自分もそうですが。
光 うん。うんうん、そうだろうね。
ロ オンリーワンでありたいというか。作家は普段から自己表現しているから、あんまりその部分で悩むこともないのかなと思うんですけど、そういう葛藤を抱えている人が大多数だと思います。だからミドルエイジクライシスという言葉があるわけで。そういう人に、何かアドバイスはありますか?
光 俺はもう高校の時にそれに気づいて、立てた誓いは「人と同じことをしない」。うん。人と同じことをしないということを徹底しなくちゃだめだ。だから俺、コロナ中もマスクしなかったわけ。完全無欠のノーマスク人間。俺のマスク顔は無様だ。人様の前にさらすことはできない。人と同じことをしないって決めたら勇気が必要になる。みんなマスクしてる中、一人しないわけだから、メンタルが鍛えられる。おかげで弱かったメンタルが少し強くなったな。
ロ 『人間パワースポット』の中にも書いてありました。優しさとかよりも勇気が大切だと。
光 勇気だね。勇気を持たなくちゃいけない。勇気をどう持つかっていうことを常に意識していなくちゃいけない。でないと平気で同調圧力に流される。同調圧力に流されたらもうおしまい。幸福なんて絶対ゲットできないよ。
ロ 自分で判断して動くことは、役割を持つということと繋がりますね。
光 強く願わなかったら、唯一のものにはなれない。代わりがいないっていう存在にはなれない。だからスマホも持ってない(註7)。
ロ 相変わらず持ってないんですね……。
光 うん、持ってない。SNSもやらない。あと、ワクチンも打たない。論理的に考えて脂質ナノ粒子で包んだmRNAが効くわけがない。実際、大規模な感染爆発が起こったのはワクチン接種の後のことだよ。
ロ ……確かに、ワクチンに頼る光司さんは嫌ですね。
光 俺から見たら単なるバカ騒ぎ。そのかわり新コロには6回感染したよ。妻も6回。娘たちと婿殿と5人の孫たちはそれぞれ3回。みんな屁でもなかった。
ロ 勇気と行動といえば、光司さんのシナリオ・センター(註8)に通っていた時のエピソードがすごく好きです。 他の生徒たちが課題をやってこない中、毎週欠かさず課題を提出し続けてステップアップしたという。戯曲をやろうと思ったら、すぐシナリオ・センターに通い始めるとか、 筋トレしたらすぐにバーベル持ち上げるとか、それも一つの勇気ですね。真っ先に飛び込むという。
光 うんうんうん。そうそう。やりたいと思うことを躊躇しない。
ロ 何かをやりたいと思ったら、なんか怖いなと思うことはないですか。
光 うーん……。
ロ それよりなぜ怖いと思うのかを分析するほうですか?
光 たとえば海に出る時には、常に最悪の事態を考えないといけない。未来の予測はできないわけだ、絶対に。気象や自然現象は複雑系でできてるわけよ。複雑系でできているシステムは、予測できない。複雑な曲線の絡み合いでできていて、一次関数的な直線では表現できないわけよ。未来もそうなの。未来っていうのは予測ができないんだから、思い通りにいくわけがない。2003年に海で台風に出会っちゃったことがあったけれど、もちろん出会いたくて出会ったわけじゃない。 中国大陸に上陸して消えるだろうと思っていたら突如コースを変えて九州に上陸してこっちに向かってくる。そのときこれはクリアできると思って八丈島を出航したんだけれども、途中で出会っちゃうわけ。そこれはもう運の世界だから闘わざるを得ないっていうことになるよね。俺だってなにも台風が発生したときに、あえて海に出たりはしない。そんな馬鹿なことするわけがない。ところが、未来には何が起こるかわかんないから、図らずも出会うこともありうる。
 とにかく最悪のことを想定しなくちゃいけない。今は海が凪いでいるけれども、その後荒れるかもしれないとかね。 何かをやる場合は最悪なことを想定しろってことなのよ。 アホなやつは最悪のことを想定しない。恐いからね。「俺は運がいいからきっとうまくいく」と自分を言いくるめて、あとで「しまった!」ってなる。
ロ 実際そこで終わっちゃう。
光 捕まって終わりになるわけだ。最悪なことを想定した上で、その恐怖を克服して前に進む。これがポジティブな人間がやっていること。みんなそう、経営者で成功している人は、必ず最悪の事態を考えているよ。最悪の事態を想像するのはすごく怖いよ。フクちゃんもホームレスになるってことも視野に入れながら動いたって言ってた。博打だからね。だから巨額の投資をして爆ぜちゃう場合だってある。だから奥さんには今でも言ってるって。「俺、ここにドンと賭けるけど、しくじったらホームレスだ」って。奥さんも「いいよ、あなたの好きなようにやって」って。
ロ 光司さんも、昔、奥さんから「ずっと生きていける人だから」みたいなこと言われたんですよね。
光 「何をやっても食ってける人だから」ってね。 だから、その考えと力を身につけておけば、ちょっとは恐怖が減るな。うん。

 

すべては人の縁と運


ロ 小説家になってなかったら何をやっていました?
光 アメリカ海軍特殊部隊のシールズ隊員。
ロ やっぱり体を使うことがいいんですね。何はともあれ家庭環境ですね……こうなると、なかなか運任せのところもありますね。
光 うん、すべて運だ。
ロ その運を掴めるかってことですよね。
光 いやいや、運というものは、なかなか掴むことがきないけれども、 努力…… 要するにね、人間1人1人に与えられた努力できる量というものはだいたい決まっている。例えばスポーツだったら、大谷君が人一倍努力してるわけじゃないわけ。サッカーの選手もそうなんだけれども、 練習にかけられる時間っていうのはせいぜい長くても6時間ぐらいだ。 だって寝なくちゃいけない、食わなくちゃけない。それからリラックスする時間も絶対必要だ。神経を休めなくちゃいけない。 そうすると、ひとつのことに没頭できる時間なんてみんな同じになってしまう。努力の量にあまり差は出ないんだよ。うん。
ロ それはなかなか他の人が言っていない視点ですね。
光 シナリオ・センターの特別授業で、ある作家が「どうしてベストセラー出すことできたんですか」と聞かれて、「努力したんだ」って言ってたなぁ。自分の努力こそが成功の理由と考えるべきではない。では、成功できなかった人は努力が足りなかったってことになる。ひとりひとりに与えられた努力できる時間は、みな同じと仮定すれば、矛盾が生じる。
 これ大問題。 シナリオ・センターではみんながプロになりたいわけ。じゃ、プロになるならないは何が問題になるのか、努力か才能かとか、いろいろ議論してた。でも今になってみると明らかに運だけ。
 なんでイチローがあれだけ活躍できたかっていうと、運なんだ。運とは何かって言ったら、祈ることでもなんでもなくて、人間の繋がり。みんな努力できる量は同じなんだけど、どのコーチに出会うかとかね。これって自分で選択したものじゃないわけで、たまたま行った学校のこのコーチがよかったってことだ。大谷君もそうだと思う。要は誰と出会ったか。
ロ 監督もお父さんも熱心な方のようです。
光 あの家庭に生まれて、それから花巻東でいいコーチがいたとか、 そういうことがものすごく関わってくるわけ。そこから言えることは、 自分はあんまり運が良くないけれども、どうにか運を掴みたいと思ったら、いい人間関係を作る以外ないということ。ところが、自分が魅力的な人間でなかったら、いい人間関係なんかできない。だからまずはそこなんだよ。
ロ 僕も新しく人間関係を作るのが億劫になってきているので、まずいな……話は変わりますが、最近昭和から活躍してきた方の訃報が多いですが、光司さん、死とか考えますか。
光 そんなもんいっぱい考えるよ。だから、あれよ、もう物を一切買わないようにしてる。死ぬときに物は一切残したくない、金は残す。マンション、別荘も残すけれども、物はいらない。子供たちに迷惑がかからないように、身の周りを綺麗にしようと思ってどんどん捨ててる。
ロ それは、いつから意識し始めたんですか?
光 もうそんなもの、5、6年前から。うちの両親の場合は、兄貴がものすごくゴミを処分したから、ほんとに綺麗だった。いろいろ溜め込まれたら子供の世代が迷惑するだけだよ。娘たちには「お前たち、俺は最後パンツ一丁で死ぬつもりだからって」ってよく言ってる。だからもうパンツ買わない。
ロ パンツぐらい買ってもいいんじゃないですか?
光 ダメダメ、それもダメなの。今ある10枚のパンツであと30年はもつ。そのくらい徹底して。うん。
ロ じゃあ最期は、裸でヨットですね。
光 パンツ1枚、パンイチ男で。いつでもそうだけど・笑。
ロ じゃ、せめてそのときのパンツは新しく買いましょう。
光 それはそうと、今度所沢のサクラタウン(註9)に行くよ。3年前から行こう行こうって言ってたらコロナになっちゃって、どんどんタイミングを逃した。俺は「貞子・ザ・ミュージカル」を作ってサクラタウンで上演したいと思ってるの。だから会場のホールを見ておかなくちゃいけない。まずはダンスオーディションをやろうと思ってる。 地元の人間を主体にしたダンスのオーディションをやって、その中から12人くらい選んで「貞子・ザ・ミュージカル」のバックダンサーにする。
ロ インド映画みたいになるんですか! 最後はみんな笑顔で踊るみたいな。
光 そりゃ踊るよ。俺、3本芝居作ってるけど、全部ミュージカル。 とにかくミュージカルを作りたいんだ。貞子をコメディミュージカルにするよ。
ロ おっと、そろそろ時間ですよね……じゃ最後に。今ロックオンしている直近の目標は何ですか? ヨット絡みですか?
光 アホ! 最初に言っただろう。ロベス君と一緒に進めていた偉大なる小説の完成だよ。
ロ ユビキタス! 
光 そうそう。
ロ それが実現できる現実的な目標として設定されているわけですね。最後にうまくまとまりました(笑)。まとまりついでに、もう一つだけ聞いていいですか? 自分に課せられた役割ってなんだと思いますか? 大きな話になりますが。
光 それはあれよ。世界中の誰も考えない、偉大なる思想を後世に残すこと。うん。それはもう綺麗ごととかでは一切ない。俺はCO2地球温暖化説は数学的、物理的に筋が通らないと思ってるから。それはもう明確に説いていきたい。
ロ なんか鬱々としていましたが、話したら元気が出てきたような気がします。まずはやっぱり外に出て人と話すことですね。単純なことですが。できるかな……ありがとうございました。
光 おう、またな。

(2024年3月某日 都内にて)

(註1)ユビキタス
鈴木光司氏が執筆中の『エス』『タイド』から続く「新シリーズ」最新作。人類の謎を解き明かす、シリーズの枠を超えた超大作となる予定。

(註2)ループ 
『リング』『らせん』から続く「リングシリーズ」三作目。世界中で流行するガンウィルスの謎を追うサイエンス・エンタテインメントの傑作。1998年発表。

(註3)シーズ ザ デイ
南洋の海とヨットを舞台に多重層的な運命の重なり合いと再生を描いた物語。2001年発表。

(註4)ターゲット・ロック・オン
『人間パワースポット』の連載時のタイトル。2011年〜13年、夕刊フジに連載された。

(註5)鋼鉄の叫び
自らの意志で特攻攻撃から生還した元特攻隊隊員とその真実を追うテレビプロデューサーの姿を描く、壮大なヒューマン・ミステリー。2010年発表。
(註6)ダルク
DARC。1985年に日本で誕生した薬物依存症者の回復のための施設。

(註7)スマホも持ってない
鈴木光司氏は今もガラケーを愛用している。

(註8)シナリオ・センター
青山にある鈴木氏が学生時代に通った小説、脚本の書き方が学べるシナリオ・スクール。

(註9)所沢サクラタウン
東所沢にあるKADOKAWAグループが運営する、図書館、博物館、ホール、学校、オフィス、飲食店などが入っている複合施設。ちょっと遠い。

 


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