☞Jazz The New Chapter 6 - 目次 / 前書き #JTNC6
21世紀に入ってから音楽はずっと進化を続けているのに、いつまでも100年前の古い言語で語れるわけがないんだよ。僕は新しい言語を使いたい
−−クリスチャン・スコット
■Contents:目次
◇SPECIAL INTERVIEW
Thundercat
Flying Lotus
Christian Scott aTunde Adjuah
Brittany Howard
Meshell Ndegeocello
Chassol
Jacob Collier
COLUMN 『Flamagra』と『The Renaissance』
ロバート・グラスパー『Fuck Yo Feelings』の先進性
非西洋科学的テーマに注がれる視線
★ジェイコブ・コリアーに至る合唱曲史(小室敬幸)
◇PART 1 : A NEW GENERATION OF JAZZ
James Francies / Joel Ross / Jazzmeia Horn
◇PART 2 : DISC SELECTION
New Standards 2018-2020(選盤・執筆:柳樂光隆)
COLUMN : サウンド・アメリカン / アンジェリーク・キジョー / Jazz The New Chapter Ternary
◇PART 3 : VISION OF GROUND UP
グラウンド・アップ・フェス潜入ルポ
Michael League / Jason “JT” Thomas / Bob Reynolds
★a musical journey : David Crosby(高橋健太郎)
Becca Stevens / Michelle Willis
Good Music Company
◇PART 4 : DRUMMER-COMPOSERS
Kassa Overall
Nate Smith
Kendrick Scott
Mark Guiliana
★COLUMN : 「音色」の探求へと進むドラマーたち(高橋アフィ)
Louis Cole
Perrin Moss
◇PART 5 : INSIDE AND ALONGSIDE THE L.A. JAZZ SCENE
★COLUMN : コミュニティとシェアの文化が育んだLAシーンの背景
(原雅明)
Carlos Niño
Flying Lotus
Mark de Clive-Lowe
◇PART 6 : BRING A NEW PERSPECTIVE ON SAXOPHONE
Charles Lloyd
Marcus Strickland
Braxton Cook
Donny McCaslin
Dayna Stephens
◇PART 7 : CULTURAL ACTION IN U.K.
COLUMN : 文化的な運動として続くジャズの継承と発展
Courtney Pine
The Comet Is Coming
☞ https://tomorrowswarriors.org/support/iamwarrior/
◇SPECIAL INTERVIEW
Marcus Miller
Marquis Hill
Stu Mindeman
Camila Meza
◇COLUMN
若手育成を支えるアメリカのジャズ教育システム
ヌエバ・カンシオンとトロピカリア
★チャーチ出身のミュージシャンはなぜ強靭なのか(唐木元)
ドン・シャーリーから考えるジャズ・ピアノ史
セファルディムとアシュケナジム
ノンサッチ×ニューアムステルダム
★なぜ今、アンソニー・ブラクストンなのか(細田成嗣)
■Introduction:前書き
2019年にジャズとも関係がある二つの音楽映画が公開された。ひとつはオスカーを獲得した『グリーン・ブック』。ジャズ・ピアニストのクリス・バワーズが音楽を手掛けたこの映画では、ドン・シャーリーというジャンルの挟間にポツンと存在していた1950~60年代に活躍したピアニストの不思議な音楽の絶妙なニュアンスをクリスが完璧に再現した。もうひとつは『コールド・ウォー』。東西冷戦下のポーランドを舞台にしたこの映画では音楽を担当したジャズ・ピアニストのマルチン・マセツキが、物語の中でその時の登場人物の感情や関係性を暗示させるようにその演奏やジャズ・スタイルの在り方にいちいち意味が宿る繊細な音楽を完璧に表現していた。この2本の映画では作品のクオリティに音楽が絶大な貢献をしていた。
『グリーン・ブック』は1960年代、『コールド・ウォー』は1950年代で、この2本の映画は現代の話ではないので、それ以前のスタイルで演奏されている。にも関わらず、僕がこの2つの映画に現代性を感じたのだが、それはクリスもマルチンもジャズ史や音楽史を学び、理論や技術を身に着け、その場面にふさわしい音楽を的確に弾き分けられる網羅性や客観性や俯瞰性がありつつ、その上で登場人物の感情などを音色やタッチやハーモニーなどで鳴らす表現力があったこと、だ。
ヒップホップやビートミュージックを取り入れた若い世代のジャズは、型破りな革新性を持っているだけと思われがちだが、1980年代生まれの若手が音楽を担当した2本の映画を観ると、ジャズミュージシャンの技術や理論、そして歴史や過去へのまなざしの深さがよくわかる。特にクリスはジャズの100年を超える理論や歴史がインプットされている天才だが、様々なレベルで、様々なカテゴリーで同じように過去を学びながら新たな音楽を生み出しているジャズミュージシャン達がたくさんいて、過去と現在とが入り混じり、未来が予見されているような音楽がどんどん生まれている。
例えば、それはビヨンセがコーチェラで行った2018年のパフォーマンスを音源化した『HOMECOMING』とも同じことだ。あのビヨンセの音楽にはアフロアメリカンの歴史がアフリカから、カリブ海、アメリカ南部へと伝わりアメリカ各地へと広がって進化していく過程が散りばめられている。そこで歌われたブラック・ナショナル・アンセムとも言われる1900年に作曲された曲「Lift Every Voice and Sing」を提示したこともトピックだった。これも遡れば、90年代にソウルシンガーのメルバ・ムーアが再提示し、00年代にはチャールス・ロイドやチャーリー・ヘイデンが、そして、2017年にはジャズメイア・ホーンが同曲を録音している流れもある。そういった歴史の再点検や再評価の流れがジャンルを超えて繋がっていて、最新の音楽にも反映される。ジャズ(とジャズ研究)はその中でも重要な役割を果たしてるのだ。
そして、映画音楽にもみられたが、フィーリングを表現するということが様々な形で追及されている。そのために様々なやり方でメロディーやハーモニーを工夫するアーティストが目立っている。そこではクラシック音楽を含めた高度な理論を学ぶものもいれば、敢えてそれを一旦忘れたり、もしくは敢えて破棄するようなやり方で自分の音楽の必要なフィーリングを探るように音を奏でるものもいる。ジェイコブ・コリアーは理論を乗り越えようとしているように思えるし、エスペランサ・スポルディングは理論を一旦忘れようとしているように思える。ブラッド・メルドーのようにこれまでの彼には見られなかった怒りにも似た感情を表出させるように不協和音やノイズを込めるものもいる。ファビアン・アルマザンもその音楽には軋みや歪みみたいなものを音に込める。そして、彼らの多くはDAWやエフェクトを駆使した音響の視覚的/触覚的なサウンドでその強い感情をさらに増幅させる。それらは時代に要請された怒りや悲しみや無力感の表出なのかもしれないとも思う
そして、そんな自らが求める音楽を生み出すために「作曲」が面白くなっているのを強く感じる。自分が表現したいナラティブや感情を隅々にまで宿らせるために宅録とDAWにより多くを一人で作り込むものもいれば、フライローとサンダーキャットのように作曲のプロセスを共同作業に求めるものもいる。打ち込みのビートメイクから作曲を始める管楽器奏者の話を聞けば、それらは少しづつ楽曲のありかたを変えつつあるのがわかるだろう。またテクノロジーの進化は譜面の代わりにDAWでデモを作る方法をもたらした。譜面には書けないサウンドやテクスチャーを共演者に伝えることが可能になったことはジャズにおいても音楽の構造や響きを変えている。音符ではなく実際に自分の耳に聴こえた音や自分の頭になった音を信じる作業は、その場で相手の音に反応しながら音楽を生み出してきたジャズのあり方そのもので、ある意味では回帰みたいな意味を含むとも言えるかもしれない。作曲ツールとしてのDAWは作曲だけでなく、ミュージシャンの耳や感覚的な表現を刺激しているわけだ。クリスチャン・スコットやカッサ・オーヴァーオールが言うようなリズム楽器の役割もそんな自分の耳を、そして、今、鳴っている音への信頼からきたものなのかもしれないなんてことも考える。
取材をしているとミュージシャン達はいつも突飛なことを言う。僕の常識にはないことばかりを口にするのだ。でも、それは後からいろんな状況がついてきたころに、僕はようやくその意図が理解できるようになる。今、また音楽が面白くなりすぎていて、僕はどんどんわからなくなっている。この本はわからないもののことが知りたくて直接アーティストに対話を求めて引き出したアーティストの言葉と、わからなさを何とか言葉にしようとする書き手の文章が並んでいる。2020年代、音楽はもっともっとわからなくなる。たぶんこの本はそんなわからなさにもっと触れたい人のためにある気がしている。
ーー柳樂光隆(Jazz The New Chapter監修者)
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