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interview Taylor Eigsti:『Daylight At Midnight』からグラミー受賞、『Plot Armor』まで

21世紀以降のジャズを振り返って、特に印象的なアルバムをリストアップしていくとしたらテイラー・アイグスティ『Daylight At Midnight』は必ず入るだろう。

ルーファス・ウェインライトニック・ドレイクエリオット・スミスイモジェン・ヒープコールドプレイミュートマスのカヴァーを含むこのアルバムにはジャズがより自由になり、どんどんハイブリッドになっていった2010年代のムードが完ぺきに収められている。ブラッド・メルドーレディオヘッドニック・ドレイクをピアノトリオのフォーマットでカヴァーした試みを起点に、よりロックやポップスの側に一歩も二歩も踏み込み、ヴォーカリストを起用し、ジャズミュージシャンによる編曲とアンサンブルにより、ジャズでもロックでもない新たな表現を提示していた。ロバート・グラスパー『In My Element』『Double Booked』でヒップホップやネオソウルに取り組んでいたその隣ではテイラー・アイグスティ『Daylight At Midnight』で別の文脈の試みを形にしていた。

彼は自身のアルバムのみならず、ピアニストとしてケンドリック・スコットエリック・ハーランドウォルター・スミスⅢグレッチェン・パーラトらの多くの傑作に貢献していた。テイラー・アイグスティは紛れもない現代ジャズ・シーンのキーマンのひとりだった。

そんなテイラーだが『Daylight At Midnight』以降、自身のアルバムをリリースしなかった。しかし、2021年、突如『Tree Falls』を発表。レーベルはGSI。メジャーからではなく、ドラマーのエリック・ハーランド、テナーサックス奏者のダニエル・ロビン、ベーシストのオースティン・ホワイトが共同運営するインディーからの再出発だった。特にプロモーションも行われず、ひっそりとしたリリースとなった。

しかし、以前から一転、全曲がテイラーの自作曲で占められ、作曲の即興演奏もより高度に、よりパワフルになった『Tree Falls』は高い評価受け、結果的にその年のグラミー賞Best Contemporary Instrumental Albumを受賞する。

そして、3年後の今年、新たなアルバム『Plot Armor』を発表した。スナーキー・パピーのマイケル・リーグが運営するGroudUP Musicへと移籍した。ベン・ウェンデルジュリアン・ラージベッカ・スティーヴンスグレッチェン・パーラトテレンス・ブランチャードらが参加し、前作の路線をさらに突き詰めたようなアルバムだ。

今回、テイラーが取材を受けてくれることになった。おそらくほぼはじめてに近い日本の取材になる。ということで、今回は彼の音楽の基本的な影響源などからスタートし、まずはテイラー・アイグスティというアーティストを知るための記事にした。

その過程で彼は『Daylight At Midnight』を自分のキャリアの中に位置付け、その後、10年以上、リリースがなかった理由を語り、『Tree Falls』と『Plot Armor』を作った意義を話してくれた。

ジュリアン・ラージらと並び子供のころから天才と称されたピアニストがグラミーを獲得し、さらに次の一歩を踏み出したストーリーは僕自身も話を聞きながら、胸に迫るものがあった。現在、テイラーは大学で次の世代の育成にも携わっている。ひとりのアーティストが成熟していき、いまでもチャレンジし続けている姿をぜひ、聴いてほしい。

取材・編集:柳樂光隆 | 通訳:染谷和美 | 協力:コアポート

◉影響を受けたピアニスト

――特に研究してきたピアニストを聞かせてください。

僕は4歳の時にピアノを弾き始めて、その時の大きな影響源は姉だった。姉はジャズとロックのピアノをやっていた人で僕が3才の時に17才で亡くなっているけど、一番最初の影響というと彼女になるね。彼女を見て音楽を続けていくことに意味があると思った。

そして僕が7歳くらいのとき、コンテンポラリー・ジャズ・ピアニストのデヴィッド・ベノワの音楽に強烈に惹かれた。実際、僕が8歳のときはハロウィンで彼になりきった。ハロウィンで彼の仮装をして、デヴィッド・ベノワの格好で学校に行った(笑)。そんなことをした子供は僕だけだった。でも僕は幸運だったよ。両親からたくさんのいい音楽を聴かされて、いい音楽をたくさん演奏してもらって育ったから。

そして10歳か11歳くらいになって、アート・テイタムオスカー・ピーターソンのような人たちと触れ合って、自分が聴くのが好きな人たちの幅を広げていき、クラシック/ロック/R&B/エレクトロニック/エクスペリメンタルなど、あらゆる音楽を愛するようになった。

そして成長するにつれもう少し様々なスタイルのピアニストを好きになっていった。フィニアス・ニューボーンJrとかね。でも、一番影響を受けたのはジーン・ハリスの音楽だね。

以下、ジーン・ハリスが在籍したグループ、スリー・サウンズの代表作

それとベニー・グリーンジェフリー・キーザーブラッド・メルドーといった人たち。その後はジェラルド・クレイトンアーロン・パークスシャイ・マエストロといった同世代の音楽家たちだ。彼らとは今はとても仲の良い友人で、時々一緒に演奏したり別のギグでお互いの代役を務めたりしている。今、多くの現役ミュージシャンたちによってピアノは様々な発展を遂げていて、そのジャイアンツたちと同じぐらい僕の周りにいる人たちからも多くのインスピレーションを得ている。

いい先生に恵まれて、多くの偉大なピアニストや素晴らしい音楽家に触れることができたのも幸運だった。そして僕はいつも、どこにいてもそういうものを少しずつ取り入れてきて全てのインスピレーションをある意味融合させることができたと思う。そして僕はいつも学生たちに「誰かの真似をして失敗したところから自分自身の音が聴こえはじめるんだよ」と言っている。自分自身も1000人ぐらい真似ようと思ってできなかったので、いつもオープンマインドとオープンイヤーを心がけ、あらゆるものから学べと言ってくれた彼らのおかげで今の自分の独自の音ができているのかな、ということをラッキーに思っているよ。

◎ジーン・ハリスからの影響

――ジーン・ハリスはどんなところが好きですか?

13歳か14歳くらいだったかな、レジェンドのレッド・ホロウェイアーネスティン・アンダーソンとよく共演していた。そして彼らとの演奏の多くでは、ジーン・ハリスのようなスタイルにチャネリングする必要があった。そして最初に自分の曲のショーをやるときは、とてもストレート・アヘッドなジャズを演奏し始めた。そういえばジーン・ハリスの実際のライブを見る幸運にはあまり恵まれなかったな。唯一接したのは野外フェスに出演したときで、僕は別のステージにいてジーン・ハリスは同じ時間に別のステージにいた。そして僕は自分のセットの間、彼のセットを聴くためにピアノを弾かないで完全に沈黙していたいと思い続けていた。僕はいつも彼の演奏を聴く機会を逃していたけれど、その時の彼の弾き方はこれまでのあらゆるピアノ奏者よりも強くスイングしていたと思う。そして、それは僕に大きなインスピレーションを与えてくれた。彼が楽器を弾くときの全体的なエネルギーという点でも、彼がほんの2、3音でも弾いたときの感触のすばらしさという点でも。

その後の僕も、様々な音楽的な状況で演奏してきているけど、場に応じてそういった影響が必要になることがよくあるんだよね。そしてハード・スウィングやブルージーなバックグラウンドを持つ人たちと一緒に演奏する場合はジーン・ハリスや、たぶん僕のお気に入りのアルバムから受けたあらゆる影響のもとで演奏するようにした。そして最近『Live at Otter Crest』を見つけて、僕の個人的なフェイバリット・アルバムになったよ。他のアルバム『Black and Blue』とかも好きだね。

そして彼は後年Paul HumphreyLuther Hughes、そしてその後にドラムのPaul Kreibichを加えたカルテットを結成した。彼のバンドには素晴らしいミュージシャンがたくさんいて、僕はそれが大好きなんだけど、もちろんレイ・ブラウンのトリオでのジーンの作品も大好きだよ。

◉影響を受けた作曲家

――次は特に研究してきたコンポーザーについて聞かせてください。

僕は南カリフォルニア大学に1年半通い、Shelly Bergに師事した。それまでは、特に多くのヴォーカリストと仕事をしたことがなかったけど、歌詞の重要性や曲の中でストーリーを語ることの重要性、それが言葉そのものによるものであれ、ダイナミクスやストラクチャーによるものであれ、必然性や注意力、解放感といったものを生み出すなどといった点でShellyからは多くのことを学んだ。歌詞のことやシンガーの後ろで演奏することに没頭したよ。そして時が経つにつれ、僕は世界最高のヴォーカリストたちと共演する素晴らしい機会に恵まれるようになった。僕は彼らが言葉を使ってストーリーを語る方法を聞いていつも刺激を受けているんだ。だから、ヴォーカル曲を書くのが大好きなんだよね。

他にはヴィンス・メンドーサビリー・チャイルズのような現代作曲家に影響を受けた。そして僕の最も好きな作曲家はフェデリコ・モンポウ。彼は偉大なクラシック・ピアニストであり、ほとんどミニマルなピアノ曲を書くんだ。僕は彼の作品を深く研究したけど、本当に素晴らしかった。

ビョークの曲の作り方や構成も僕に向かって語りかけてくる。ファイストフィオナ・アップルなど現代的なアーティストでも曲の構成が非対称なことがあって、そんな予測不可能なものに惹かれるんだ。きっと自分の音楽も予測不可能なものだからだろうね。僕らが作る音楽は人生を反映するものだとも思うし、人生そのものがちょっと予測不可能で、いろいろな楽器を使ったり、いろいろなものに聴こえたりするのかな、なんて思うよ。聴き手は、それに一生懸命に耳を傾けてくれるんだ。

◎ヴィンス・メンドーサとビリー・チャイルズからの影響

――ヴィンス・メンドーサビリー・チャイルズのどんなところから影響を受けたんでしょうか?

ヴィンスとビリーは、他の多くのミュージシャンの中でも間違いなく重要な影響を受けた2人のミュージシャンだ。

僕がヴィンスのオーケストレーションに惚れ込んだのは、彼のビョークとの仕事を聴いたときだった。特に『Selmasongs』での彼のアレンジだね。『Vespertine』も最も好きなオーケストラ・アレンジのひとつだと思う。

ビリー・チャイルズは非常に多作でスケールの大きなコンポーザーであり、僕はいつも彼の様々なスタイルを融合させる作曲に魅了されてきた。彼のアルバムの中で個人的に一番好きなのはローラ・ニーロのプロジェクト『Map To The Treasure: Reimagining Laura Nyro』だけど、彼がこれまでに手がけたものはすべて気に入っているよ。彼のアルバム『Lyric - Jazz Chamber Music Volume 1』も本当に大好きだ。僕がこの二人に特に惹かれるのは、ジャンルにとらわれない音楽を創り出す彼らの才能だ。彼らが書く曲は気持ちがよく響きもいいし、そしてカテゴライズするのが難しい。僕の好きな音楽は、魅力的で、予測不可能で、感情的で、驚きのある音楽。ビリーとヴィンスは、クラシックの楽器をそのようなサウンドに融合させることにおいて、これまでで最高の2人だと思う。とても刺激になるね。

◉スペインの作曲家フェデリコ・モンポウ

――僕があなたの音楽にハマったきっかけはあなたが演奏していたフェデリコ・モンポウのカヴァーでした。モンポウを知ったきっかけは?

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