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interview AMARO FREITAS"Y'Y":先住民族について話し、それをポリリズムを使って表現することは私の使命
2023年のFESTIVAL FRUEZINHOでの来日公演で多くのリスナーを驚かせたアマーロ・フレイタス。あの日のパフォーマンスはこれまでアマーロのアルバムを聴いてきた人にとってはそれなりに驚きのあるものだったのではなかろうか。いくつかの曲で彼はプリペアドピアノを駆使して、自身の音をループさせ、時にピアノを打楽器のように使いビートを組み立て、時にピアノから神秘的な響きを鳴らし、不思議な世界を作り上げていた。今思えばあれは2024年の新作『Y’Y』のサウンドを先出ししたようなパフォーマンスだったんだと思う。
『Y’Y』はこれまでのアマーロの作品とは一線を画す異色作だ。『Sangue Negro』ではブラジリアンジャズを、『Rasif』ではヴィジェイ・アイヤーやクレイグ・テイボーン的な現代のジャズピアノをブラジル北東部のアフロブラジレイロ由来のリズムと組み合わせた。そして、『Sankofa』では過去2作を引き継ぎながら、そこにジャズピアノ・オタクでもあるアマーロが研究し、昇華してきた様々なジャズの要素を巧みに組み合わせ、更にアフロブラジレイロでもある自分のアイデンティティをアフリカンディアスポラの文脈に乗せ、より広い世界へとアフリカ系ブラジル人による現代のジャズを届けようとした。その文脈は以下のインタビューに詳しいので併せて読んでほしい。
しかし、ここまでの3作はアマーロにとっての序章だったのかもしれない。それだけ『Y’Y』は突き抜けたアルバムで、アマーロのキャリアを一気に上昇させるポテンシャルに満ちている。
彼は以下のインタビューで語っているようにアマゾンでの先住民との経験をもとに、自身が考えるブラジルらしさを深めるためのプロジェクトの構想を始める。ブラジル北東部のペルナンブーコとバイーアのアフロブラジレイロのコミュニティの音楽のみならず同じマイノリティでもあるアマゾンの先住民のコミュニティの文化までをインスピレーションにしている。そして、そのインスピレーションを具現化するために伝承や昔話に目を向けた。ブラジルに古くから伝わる物語がこのアルバムのカギになった。その世界観を奏でるためにアマーロはプリペアドピアノの手法を使い、様々な響きや色彩、手触りをピアノから取り出そうとしている。アフロブラジレイロのリズムをピアノを使って演奏するために打楽器的な音色を発生させたり、アマゾンを含む、広大で謎に満ちたブラジルという国の文化をなんとか表現しようと実験的な手法を駆使している。本作はアマーロ・フレイタスというアーティストが見せた創造力・想像力とチャレンジの軌跡でもある。
また、この世界観のためにアメリカを中心に様々なアーティストに声をかけ、ミラノでのセッションと、リモートでの共同制作を行った。例えば、イギリスのシャバカ・ハッチングス。アマーロは以前からシャバカへの共感を口にしていた。すでに前作の時点でこの構想はあったのだろう。
今、ロンドンやニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルスなどの多数の音楽シーンで世界的なディアスポラが起こっているよね。シャバカ・ハッチングス、クリスチャン・スコット、カマシ・ワシントンなど、彼らの音楽は革新的であるだけでなく、祖先の伝統を取り戻すことでもあるんだよ。それは『Sankofa』のビジョンが“過去”、“現在”、“未来”であることと同じことなんだ。
シャバカはこれまでメインの楽器として使っていたサックスを使った活動を休止することを発表し、現在は尺八をはじめ、様々な竹笛やフルート系楽器を使い、メディテーション的な音楽に移行している。『Y‘Y』ではそのシャバカの活動と共振するような音楽をアマーロが奏でている。
他にもジェフ・パーカーやブランディー・ヤンガーなどアンビエントやメディテーション的な音楽との接点があるアフリカンアメリカンのアーティストを起用している。またシカゴのAACM周辺との交流やファラオ・サンダースやドン・チェリーとの共演で知られるドラム/パーカッション奏者ハミッド・ドレイクも本作には参加している。『Y’Y』を聴けば、彼らが必要だった理由がすぐにわかるはずだ。
おそらく本作はシャバカ・ハッチングスがリリースする『Perceive its Beauty, Acknowledge its Grace』と並び、2024年のジャズ、もしくはアフリカンディアスポラの音楽における最も注目されるべき作品になる予感がする。まずはその音楽にじっくりと耳を傾け、その後にアマーロの言葉に触れ、そこからもう一度アルバムの世界に浸ってみてほしい。アマーロが込めた様々な意図や願い、想い、意志が聴こえてくるとまた別のものが感じられるはずだ。このアルバムにはそんな深さがあると僕は思っている。
取材・執筆・編集:柳樂光隆江利川侑介 通訳:村上達郎
◉『Y'Y』のコンセプト
――このアルバム『Y’Y』のコンセプトから教えてください。
このアルバムは元々アマ―ロ・フレイタス・トリオの活動がベースになって始まっています。いわゆるブラジリアン・ジャズやアフリカン・ミュージック、そして先住民族の音楽の影響を取り入れた音楽をアマ―ロ・フレイタス・トリオを通じて作っていきたいという思いは当初からあったんです。それに今、先住民族の話題について触れる、話す、そして、それをポリリズムを使って表現する、ということは、いま世界で起きていることに対する、ある種自分の使命みたいなものだと感じています。
◉プリペアドピアノのこと
まず4年ほど前からアマーロ・フレイタス・トリオとして活動してきて、ある程度の達成感を覚えていました。それもあってジョン・ケージが使っていたようなプリペアドピアノというアイデアを意識し始めました。というのも実験性と言いますか、ピアノの可能性や自分の音楽的な可能性を広げていくことの重要性を感じていたからです。
ただ、ジョン・ケージのことを勉強していくと、彼はピアノの中にネジなどのボルトやナットなど金属を入れて面白い音を出すような実験をしていたんです。でも、自分はピアノを傷つけてしまうようなものではなくて、もっとナチュラルなものでやってみようと思ったんです。ピアノを傷つけなければ、フェスティバルなどでも問題なく演奏できますしね。例えば木を入れたりと、自分なりの方法で少しずつ実験を始めていったので、これに関してはすごく長い実験期間がありました。
音楽ってそういった実験的な試みから自分の音を探していくプロセスがすごく大事なことだと思っています。でも、ただの実験的なアルバムにもしたくない。音楽的にも完成されたものにしたかったのでテクスチャーにもすごくこだわり、長い期間に渡って実験を重ねました。例えばピアノの中に植物の種を入れたり、ギターで使われるイーボウという楽器を使ったり、おもちゃのドミノを使ったり、テープを貼ってみたり、それこそ洗濯バサミを入れたりとか。本当にいろんな実験を通じて自分の音、つまり、このアルバムの音にたどり着きました。
ーー【追記①】プリペアド・ピアノを使った意図についてもう少し聞かせてもらえますか?
プリペアド・ピアノを勉強しようと思ったのは、10年ほど前、私が初めて自分のピアノの中に手を入れてからです。ジョン・ケージを聴いて、自分にもこの手法を用いた道があると気づき、5年ほど前から、プリペアド・ピアノにブラジル的なアイデンティティを持たせるにはどうしたらいいか、を考え始めて、そこから徹底的に研究を始めました。そして、ナナ・ヴァスコンセロス、トロピカル・サウンド、金属ではない日用品の使用について考えることで、『Y'Y』のサウンドにたどり着くことができました。
ーー【追記②】『Y'Y』では、ピアノをパーカッシブな楽器として使い、プリペアド・ピアノの手法で音色を変化させているのが印象的でした。ピアノをパーカッシブな楽器に変えるという発想は、西洋音楽における象徴的な楽器をアフリカの楽器に変えるような行為だと感じました。あなたが追い求めている脱植民地的なコンセプトと何かつながりがあるのかなと思いました。それについてはどう思いますか?
それは私が自分のアルバムにつけたタイトルが、植民地化しようとする人たちの言語から来たものではないのと同じことです。『Rasif』(アラビア語)、『Sankofa』(中央アフリカの言葉)、『Y'Y』(先住民の言葉)。どれもフランス語、ポルトガル語、英語、スペイン語のタイトルではありません。
同じように、私はこの《非植民地的な視点》を通して、(プリペアド・ピアノという手法を使って)ブラジルのピアノが自らを解体し再創造するという物語を構築しようとしました。
◉アマゾンへの関心とマナウスの先住民サテレ・マウェ族
パンデミック前の2020年4月、私は初めてマナウスのアマゾナス劇場で演奏しました。とても美しい劇場です。その場所に着いたとき、私はその壮大さに驚きました。まずサンパウロやリオ、ペルナンブーコと比べても、そこに住む人々や雰囲気が全く違うんです。ブラジルは広い国なので、場所によって人の顔からして全然違っていて、マナウスには先住民的な顔を持った人たちがたくさんいました。私はライブをした際にもうここから離れたくないと思うくらい、すごく愛着を抱き、マナウスに傾倒し始めました。そこでネグロ川やソロモンイス川といった川について現地の人から話を聞いているうちに、次第に先住民への関心が高まっていって、自分なりに研究したいと思うようになりました。
2回目にマナウスに行ったのはアマゾナス・グリーン・ジャズ・フェスティバルという音楽フェスです。そこでも改めて凄く感動しました。その時は、前よりも現地の人ともっと深く話したいと思っていたので、マナウス大学の教授とコンタクトを取って、先住民サテレ・マウェ族の集落に行くことはできないかと相談してみました。そして、様々な先住民の方々、例えば先住民のなかでもアーティスティックな活動をしている人や、デザイナーなどモードに関わる人と話すことができて、彼らが持っている地球に関するアイデアや今世界が抱えている問題、それこそ温暖化や自然に対するリスペクトについて、話を聞くことができました。そこで感じたのはバランスをとることの重要性ですね。
それはやっぱり彼らと話していくだけではなくて、儀式や生活にも参加をして、ガラナ・ジュースの元となるガラナをそのまま飲んだり、蟻を使う儀式に参加したり、魚をそのまま食べたりして、彼らのことを深く理解しようとしました。そういった特別な経験をしていく中で新しいアルバムのアイデアや方向性が固まっていきました。
◉昔話や伝承のインスピレーション
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