もう一つの世界との対話 3
文:谷口江里也
クレイドール:カイトウハルキ
©️Elia Taniguchi & Kaito Haruki
目次
第1話 行く手を阻んだ白いネズミとの対話
第2話 壁に張り付いたネコとの対話
第3話 壁の向こうのウナギとの対話
第4話 未来から来た鳥との対話
第1話 行く手を阻んだ白いネズミとの対話
旅に出かけようとした私の行く手に
一匹の白いネズミが立ちはだかった。
それを見たとたん
私の体は金縛りにあったように動かなくなってしまった。
特にネズミが嫌いだというわけではない。
しかしなぜか、その白いネズミを見たとたん
私の脚も手も眼も、脳みそまでがフリーズしてしまった。
そしてそのまま何分かが、あるいは何十秒か
もしかしたら数十分だったかもしれないが、とにかく
ひたすら真っ白な空白の時間が凍りついたまま過ぎ
それから私の頭は少しづつ記憶喪失から回復するように動き始めた。
最初に頭に浮かんだのは
このスーツケースを無駄にはできない、ということだった。
私はもうかれこれ一ヶ月も前から、あれこれ考えを巡らせ
どんなことがあっても困ったりすることがないよう
取っ換え引っ換え、いろんなものを詰めては出し、詰めては出し
なんとか、これで大丈夫と思える程度に準備をしたのだった。
なんの準備だったっけ?
あ、そうだ旅行の準備をしていたんだった。
そしてようやく旅に出ようとしていたんだった。
その旅に必要なものを、ああでもないこうでもない
いや、もしかしたらもしかして、などと思いながら
ようやく今朝、ほぼ完璧にスーツケースを詰め終わって
そうして今まさに旅への第一歩を、踏み出したところだった。
そこに突然、白いネズミが現れて
頭の中が真っ白になってしまった。
で、あのネズミは? と思って前を見ると
そのネズミが、やっぱり同じように私の前にいた。
それを見た私は、また気を失いそうになった。
でも同じことを繰り返したんではただのバカじゃないかと
どこかで理性の修復システムが働き
かろうじて気を取り直した私は
スーツケースを持ったまま白いネズミに向かって言った。
すみません、そこをどいていただけますか。
もっと強い態度に出たっていいじゃないか、あるいは
もう少し気の利いたことの一つも言えないのか
だいいち、ここはおまえの家じゃないか、と
どこかで一瞬思ったような気もしたが実際に口から出たのは
そんな弱気な一言だった。
すると白いネズミは、そんな私の弱気を逆なでするかのように言った。
完璧な準備なんてできるわけないじゃん。
それを聞いた私は、またフリーズしそうになった。
でも、たかがネズミごときになめられたんでは人間がすたると
どこかで再び知性のセーフティガードが働き
かろうじで泣き出すのをこらえた私は
スーツケースを握りしめて必死で言った。
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