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草木たちの朝 3

文:谷口江里也
©️Elia Taniguchi

目次 
1:光を発する草の話
2:まいにち違う花を咲かせる草の話
3:花が咲かない草の話


1 光を発する草の話

夜になると光を発する草があった。
草は高い高い岩山の、その頂に近いところにある
小石を集めた小さなくぼ地で石と石の間に隠れて生きて来た。
くぼ地には、長い長い時間の間に時が岩を砕いて作った大小の石が
長い長い時間をかけて強い風に吹きよせられて
いつのころからか多くの小石が積み重なるようにして集まっていた。

草は、そんな石と石の間で風をしのぎ夜の寒さをしのぎ
昼の強い陽射しをしのいで生きてきた。
そんな場所が他にもあるのかどうかを草は知らない。
そんな場所で生きる草が他にもあるのかどうかを草は知らない。
草は高い高い岩山の、その頂に近いところにある小石を集めた
小さなくぼ地で、とにもかくにもひっそりと生き続けてきた。

草が緑のビロードのような姿を地表に現すことはほとんどない。
草は、積み重なった石の
その下のほうにある石を包み込むようにして生えているために
その姿は上に積み重なった石に隠れていて
ほとんど上からは見えないからだ。
強い光があたるところでは草は生きていけない。
強い風があたるところでは草は生きていけない。
だから草は、その深い緑のビロードのような体を
積み重なった石の下に隠して生きてきた。
積み重なった石の下からたち上る湿気と夜露を含んで生きてきた。

夜になると草は、ほんのりと青く淡い光を放つ。
そのために、岩山の小石を集めた小さなくぼ地がぼんやりと光を放つ。
そのために、まるでそこに青い水がたまっているかのように見える。
けれど、くぼ地にたまる青い光は
風が吹いても水のように揺れることはない。
月の光を映すこともない。

石が泣くことが、あるのだろうか……
風が泣くように、あるいは水が泣くように
鳥が舞うように、あるいは光が舞うように
石が舞を舞うことは、あるのだろうか……

夜になると光を発する草があった。
草は高い高い岩山の、その頂に近いところにある
小石を集めた小さなくぼ地で、夜になると青く淡い光を放った。
それは石が光っているようにも見えた。
そこだけを月が照らしているにも見えた。
けれど、その光を見るものは、そこには誰もいなかった。
その光を草が放っていることを知る者もなかった。

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