草木たちの朝 2
文:谷口江里也
©️Elia Taniguchi
1:音がこぼれる草の話
2:泥の中で生きる草の話
3:けもの道の草の話
1 音がこぼれる草の話
風に揺れると、はらりと音がこぼれる草があった。
こぼれた音は風を伝って転がるように遠くの方にまで広がっていく。
そして、やがて地面に落ちる。
音が広がる範囲は、回りの静けさによって違う。
たぶん、空気の温度によっても、いくらか違う。
こぼれる音は、いつもほとんど同じ大きさだけれど
音が広がる範囲は、そのときどきで違う。
野原の中で、草はいつも夢を見ている。
夢の中で草は大きな花を付ける、あるいは大きな実を付ける。
あるいは鳥のように空を渡る。
青い空を南に向かって空を渡る。
南の空の下には一面に美しい花々が咲き乱れる野原があり
草は、ふわりとそこに舞い降りる。
そしてそこで草はまた草として
いっしょに大きな大きな花を咲かせる。
野原の中で草はいつもいつも夢を見ている。
それはもしかしたら
草がいつでも眠っているということなのかもしれない。
風が吹き、その風がある一定の強さを超えて草を揺らすと
草から、はらりと音がこぼれる。
草はそのとき、自らの体からこぼれるその音で眼を覚ます。
そして、その音が野原を渡って広がっていくのを聴く。
草はその音を、見つめるようにして聴く。
草には、その音が野原を渡って広がっていくその様子が
見えるような気がする。
だから草は自分からこぼれて広がる音を、見つめるようにして聴く。
音はやがて冷たく荒んだ野原の向こうの方に消えるように落ちる。
たぶん、地面に染み込むようにして消えるのだと想う。
そのようすを草が見たことがあるというわけではない。
音が落ちて消えていくあたりまでは草には遠くて見えないからだ。
それに、次第に音が遠ざかり消えていくにつれ
草もまた消えていく音に誘われるようにして
いつしか眠りの中に入っていく。
夢の中にはいっていく。
音が聞こえる
どこか遠いところから
いままで聞いたことのない
音が聞こえる。
風に揺れると、はらりと音がこぼれる草があった。
こぼれた音は風を伝って転がるように
遠くの方にまで広がっていき、そして消える。
その間、草は空を見る。
回りに生えている草たちを見る。
まばらに生えたそんな草たちの向こうに透けて見える地面を見る。
そんなふうに草は、野原を音が聞こえている間だけ見る。
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