もう一つの世界との対話 6
文:谷口江里也
クレイドール:カイトウハルキ
©️Elia Taniguchi & Kaito Haruki
目次
第1話 波打ち際で生きるウミイヌとの対話
第2話 時空を自由に翔けるエイホーとの対話
第3話 得体の知れないものを護る魚たちとの対話
第4話 洋梨をくれたハリネズミとの対話
第1話 波打ち際で生きるウミイヌとの対話
このまま打ち寄せる波にさらわれて海の底に消えてしまいたい。
そう思いながら浜辺に這いつくばってじっとしていると
波の音に混じって誰かの声がした。
お嬢さん、そんなことをしても人魚なんかにはなれないよ。
ただ溺れて死んじゃうだけだよ。
サザエにもヒトデにもマンボウにもアンコウにも
なんにもなれないよ。
君は君だから君のまんまで死んじゃうだけだよ。
もう一度言うけど、カニにもイソギンチャクにも
タツノオトシゴにもオコゼにもカメにもサメにもなれないよ。
どうしてよりによってそういう変なお魚のことばかり言うのよ。
失礼しちゃうわ、どうせならもっとなにか格好がよくて
綺麗な色をして、泳ぎ方が優雅な
そういうちゃんとしたお魚はいないの?
お嬢さん、お言葉を返すようですけど
魚というのは、どれもみんなちゃんとしています。
大きかろうと小さかろうと、泳ぎが速かろうと遅かろうと
どんな姿をしていようと魚はみんなそれぞれ立派な魚です。
魚ばかりじゃありません、エビもカニもみんな
エビはエビとして、カニはカニとして、みんなちゃんとしています。
わかったわよ、うるさいわねまったく。
なにも私は魚になりたいなんてひとことも言っていないじゃないの。
ただ、このまま消えてしまいたいなと、そう思っただけじゃないの。
心の片隅でほんのちょっと
人魚かなんかに生まれ変われたら良いなと
ちらっと思ったのは事実だけど……
でしょう? でも人魚というのは実際は海にはいないのです。
人魚というのは、地上で人間として生きるのは嫌だけど
かといって海の中で魚として生きるのも嫌
だから海の中で人間のように生きたいという
わがままで自分勝手な人間の欲張りな妄想の産物です。
ちょっとちょっと止めてよね。
あなたの言うことを聞いているとまるで私が
自分勝手でわがままで欲張りな妄想狂みたいじゃない。
悪いけど、私はどちらかといえばその反対よ。
いつも他人のことを気にして
自分からは言いたいことも言えず
美しく生きていけるのなら何もいらないと、そう思っている人間よ。
でもそれがかなわないから
こうしてたった一人で消えてしまおうと思ったんじゃないの。
もしかして人魚になったらという
ほのかなつつましい想いを抱いて……
わかってないなあ、だから欲張りだって言うんですよ。
だって人魚でなきゃあ嫌なんでしょ。
タイやヒラメやアワビじゃ嫌なんでしょ。
それってわがままじゃない?
誰だって生まれ変わったりなんかしないし
しかも海の中には人魚なんかもいないけど
もしかりに全ての生き物は死んだら生まれ変わるとして
その時にタコやイカは嫌、人魚じゃなきゃっていうのは
あんまり自分勝手じゃないですか、そう思いません?
それともお嬢さん、あなただけが
次に何に生まれ変わるかを自由に選べるっていうわけですか?
ほかの生き物は成り行きに任せるしかないんだけど
お嬢さんだけが好きなものに、もしそれが現実には存在しない場合には
勝手に空想をして人魚でも何でもに生まれ変われるってわけですか。
あーあ、笑っちゃうね
そういうのを妄想っていうんじゃないですか?
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