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もう一つの世界との対話 5

文:谷口江里也
クレイドール:カイトウハルキ

©️Elia Taniguchi & Kaito Haruki


目次
第1話 ナマズを養子にした姉さんとの対話
第2話 ゆっくり話すカタツムリとの対話
第3話 小さくなって陸に上がったクジラとの対話
第4話 私をお姉さんと呼ぶペンギンとの対話


もう一つの世界との対話 5-1


第1話 ナマズを養子にした姉さんとの対話

姉さんが、ナマズを養子にした。
どんないきさつでそういうことになったのかは知らない。
のっぴきならない事情があったのか、それともなかったのか
ともあれ、家に帰ると姉さんが座敷で
ナマズを抱いて座っていた。

この子をうちの子にしましたから
これから弟と思って仲良くしてあげてください。

いきなりそんなことを言われても
何と答えれば良いのか……
そう言う姉さんの態度にはどこか毅然としたものがあって
そのくせ極めて自然な雰囲気も漂っていて
どうしてまたそんな? とか
よりによって何でナマズを? とか
そんなことを聞いてもしょうがないように思えて
気がついた時には、はいわかりましたと答えてしまっていた。

これから私は、これまでよりも忙しくなります。
ですからあなたも、ご自分のことは出来るだけ自分でなさって
もしできましたら、たまには家のお手伝いの一つもしてください。

姉さんの言うことには昔からなぜか逆らえない。
ナマズを養子にするなどというトンチンカンなことをした今こそ
一世一代の反抗のチャンスと言えなくもないのだが
習慣とは恐ろしいもので、こういう一般的には非常事態と
そう言うべきシチュエーションになってもなお
僕は姉さんに、なぜか逆らえない。
逆らおうという気持ちそのものがなぜか湧いてこない。
これを姉さんの人徳といって良いのか威厳といってよいのか。
それとも僕の不甲斐なさと言うべきなのかはわからないが
どちらにせよ姉さんには逆らえない。

この子はまだ、地上での生活に慣れておりませんので
なにかと手間がかかります、それにあなたも
最初のうちは、どうしていいかわからないかもしれません。
でも、特に具体的に何かをして欲しいということはありません。
ただこの現実を素直に受け入れてくだされば
そのうえで、この子が
あなたや私の弟であるということを忘れず
また何がどうなっても、あなたは私の家族の一員であり
そして今はもう、この子もそうであるということを
どうか忘れないようにしてください、お願いしますよ。

忘れないようにする以外に
ほかにどんなことに気をつければいいのですか?
私は自分でもよくわからないまま
黙っていてもばつが悪いので
とりあえず姉さんの言うことに逆らわずに
てきとうに言葉を返してみた。

しかし、そう言っては見たものの
その言葉のしらじらしさに、というか
いかにもとってつけたような、いいかげんさに
自分でもなんとなくこりゃあまずかったかなと思っていると
案の定、姉さんが、ほんの少し間を置いて言った。

そんなことはご自分で考えてください。
あなたはもう大人なのですから
しかも私はこうして、あなた以外にも
気をかけなければいけない子が出来たのですから
少しは大人としての自覚を持ち
できることなら周りの人たちのことについても
気配りの一つも出来るようになっていただかなければ
ご先祖さまに会わせる顔がありません。
いいですね、お願いしますよ。

なにもご先祖さままで持ち出さなくてもと思ったが
それに会わせる顔も何も、ご先祖さまなんて
会おうと思ったって会えやしないじゃないかとも思ったが
もちろんそんなことを姉さんに向かって言えるはずもなく
実際に口から出たのは
すみません、何とか努力いたしますという言葉だった。

あまりの不甲斐なさに自分自身にうんざりした私が
ふとナマズの方を見ると
なんとナマズが、私の方を見て笑っている。
これには、さすがの私もムッとした。
姉さんならともかく、なんでナマズなんかに
しかも昨日や今日、家にやってきたばかりのナマズに
バカにされなくてはいけないのか。

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