草木たちの朝 4
文:谷口江里也
©️Elia Taniguchi
草木たちの朝 4
1:土の中で花を咲かせる木の話
2:香りを咲かせる草の話
3:空を見上げて花を咲かせる草の話
1 土の中で花を咲かせる木の話
土の中で花を咲かせる木があった。
木が、いつからそのような木になったのはわからない。
ただ遠い昔に突然、その木の祖先は土の中で花を咲かせる木になった。
木は、そのような木の命を受け継ぐ木だった。
木はそのことを知らなかった。
自分の祖先の中にそのような木があったことなど知るよしもなかった。
土の中で花を咲かせる木として生まれた木は、だから
土の中に初めて花を咲かせたときにも
そのことを、それほど不思議なこととは思わなかった。
けれどまた春が来て、まわりの草木たちが光を浴びて
色とりどりの花を大地の上に咲かせるなかで
自分だけが、その春もまた土の中で花を咲かせたとき
木はふと、なぜ? と思った。
それはたしか、ある日の午後
近くの地面の上に咲いた花にもぐりこんだ黄金色の虫が
花を出て空の彼方へ一直線に飛んで行った、ちょうどその時だった。
その次の春に、木は花を、ほかの草木たちと同じように
大地の上に光を浴びて咲かせてみたいと思った。
そのために木は、もっと光を浴びるために
前の年よりももっとたくさんの葉を枝から芽吹かせようとした。
そして葉は木が望んだとおり
前の年よりももっとたくさん茂ったけれど
けれど花は土の中にしか咲かなかった。
それにしても、どうして自分だけが………。
光を同じように受けながら、雨を同じように受けながら
どうして自分の花だけが土の中で咲かなければならないのか……?
疑問は年を経るごとに大きくなった。
時とともに木が育って行くように
疑問もまた木の中で次第に大きく、いつのまにか
木を支える根のように大きなものになっていった。
時もまた、夢を夢見ることがある。
自らが進む、その遠い彼方に。
形もまた、夢を夢見ることがある。
自らが持つ、その確かさの向こうに。
もういやだ、と木は思った。
どうして自分だけが暗い土の中で花を咲かせなければならないのか。
咲かせた花を誰が見るのか?
花の色を誰が知るのか?
そもそも、これは花といえるものなのか?
土の中で木が育てた小さな花の蕾の固さを感じながら
木のなかで疑問はいつしか悲しみへと、その形を変え始めた。
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