ソルリ新曲「Goblin」MV考察
2014年までK-POPアイドルグループ「f(x)」のメンバーとして活躍し、その後、女優・モデル業に専念していたソルリが、アーティストとして"カムバック"した。
ソロデビュー曲となるシングル「Goblin」をはじめ、収録曲の作詞・作曲にはソルリ自身が参加。リリースイベント「Sulli's Special Stage<Peaches Go!blin>」のMCで、曲の意図を「現在の私を見せて、みなさんが見たことのない『私』のさまざまな部分をお見せしたかった」と話している。
この曲は、ソルリが歩んできたこれまでの道のり、そして現在地を示している曲だ。そして、それはMVにも存分に表れている。
このnoteでは、MVを分析し、私なりの解釈を綴ってみたいと思う。
「"彼女たち"は”私"なの?」
MVは、この文言で幕を開ける。
この物語は解離性自我を持っているある人の話です。彼女は自身、そしてほかの3つの人格と一緒にいます。
韓国語「해리성 자아」は、直訳すると「解離性自我」となるが、これはいわゆる解離性障害のことだろう。
解離性障害とは、ストレスや心的外傷が原因で起きる精神障害だ。自分が自分であるという感覚が失われている状態を指すが、これは、つらい出来事から身を守るための、一種の防衛反応と考えられている。
後述するが、ソルリは若くして、さまざまなストレスに打ちのめされてきた。そのなかで、さまざまな"ソルリ"を経験してきた。それが「ほかの3つの人格」ということになる。
MVのプロローグは、心理カウンセリングのワンシーンのようだ。
ソルリは、ほかの人格について打ち明けていく。
「あの子たち(ソルリ)は突然現れました、ある日。
ただ演じた記憶もあるような気もして
ストレスのせいかな?
それとも…。よくわかりません。
たまに本当に"彼女たち"が”私"なのかと思ったり。
だとすると、私は本当は誰なのか?
私… 何か間違ったかのかな?
ただ、全部終わらせたい…。
そういうふうに思います。
"終わり"ですか?
さぁ、どういった"終わり"なのか、
それぞれ思ってることは違うんじゃないでしょうか」
それぞれの人格は、おそらく時系列ごとに「Goblin 1」「Goblin 2」「Goblin 3」とナンバリングされており、順に紹介されていく。また、MV公開前には3本のTeaserも公開されていたのだが、そこでも、各人格についてソルリが思いを打ち明けている。それもあわせて紹介していきたい。
マッチをつけ、「For Sulli」と書かれたケーキのローソクに火をつけるソルリ。
1本目に火が灯ると、「Goblin 1」のシーンが始まる。
Goblin 1:上京後のソルリ
「Goblin 1」のソルリは、あどけなく、受動的で、内向的な性格だ。
赤いおもちゃの台車のようなものに乗って、豪華な城へ運ばれていくソルリ。自分では歩かない。
電気もついていない部屋で、無気力そうに座っている。
3人の女性に何を言われても、あまり理解していないようだ。その後、彼女たちから隠れるシーンも映し出される。
「Goblin 1」のTeaserでは、このように明かす。
「えっと、たまに隠れたいときがあります。
負担に感じることもあるし。
まあ……私に何ができるかはよくわかりません」
「Goblin 1」の人格が指すのは、おそらく、SM entertainmentに所属してからf(x)としてデビューするまでのソルリだ。
ソルリは1994年に釜山で生まれた。小学4年生でソウルへ上京し、小学5年生で子役デビュー。その後、SMのオーディションに合格。2009年のデビューまで事務所の寮で暮らした。
MVの舞台となる豪華な城は、ソルリが今なお所属しているSMを表しているのではないかと考えられる。
SMは、BLACKPINKなどを抱えるYG ENTERTAINMENT、TWICEなどを抱えるJYP Entertainmentと並ぶ、韓国の三大芸能事務所だ。東方神起、少女時代などをヒットさせた、まさに"城"のような大手事務所である。
「負担に感じることもある」というのは、子役経験があるために感じた重圧だったのではないか。K-POPアイドルには、FTISLANDのイ・ホンギ、T-ARAのウンジョン、GFRIENDのウナなど子役出身のメンバーも多い。そのため、ほかの練習生からの目線や、事務所からの期待の大きさを感じていたのかもしれない。
幼いソルリが、その負担から「何ができるかはよくわか」らず、「たまに隠れたいときがあ」ったことは自然なことだろう。
また、今でこそエネルギッシュで、SNSでの派手な行為も注目を集めるソルリだが、当時は(もしくは、今も本当は)違うようだ。韓国のバラエティ番組では、少女時代のテヨン、元メンバーのティファニーに「たった1人で上京したので、頼れる人はお姉さんたちだけだった」と、涙をこぼしながら感謝を伝えるシーンがあった。
つまり、Goblin 1が指すのは、大都会ソウルでまわりの重圧を感じながら生きた、幼いソルリだと考えられる。
2本目のローソクに火をつけると、「Goblin 2」のシーンが始まる。
Goblin 2:デビュー後のソルリ
「Goblin 2」のソルリは、美しく着飾った、スポットライトを浴びる存在だ。
美しい壁紙の華やかな部屋で、ユニークなヘアメイクを施し、カラフルなスタイリングをしているソルリ。まわりには5人の女性。ソルリもそのなかに交じっている。
しかし、女性らがそろって踊るときに、ソルリは別の動きをする。ソルリは彼女たちと足並みをそろえることができない。
同じように踊ってはみるが……。
うまくできずに倒れてしまう。
シーンは変わって、耳打ちするソルリの後ろには、カップルが寄り添っている絵画。
最後は、ソルリが「しまった!」とでも言うように、口に手を当てて終わる。
「Goblin 2」のTeaserでは、このように明かす。
「面白いです。何か注目されるのも楽しいし…」
「Goblin 2」の人格が指すのはおそらく、f(x)としてデビューしてから脱退するまでのソルリだ。
4年の練習生生活を経て、2009年、f(x)のメンバーとしてデビューしたソルリ。2011年には初フルアルバム「ピノキオ」で音楽チャート1位を獲得した。その後も「Hot Summer」(2011)、「Electric Shock」(2012)などの活動で人気を集めた。
ソルリのカラフルなスタイリングは、実験的かつ個性的だったf(x)のコンセプトを彷彿させる。
活動や作品、SNSなどを見る限り、ソルリは、演技、歌、ダンス、写真などで自己表現することが好きなのだろう。そうでなければ、今回ここまで自分を投影した楽曲で、歌手として戻ってこなかったはずだ。そんな元来の性格から、デビュー後は「注目されるのも楽しい」し、「面白い」と感じていたと考えられる。
アイドルとして、美しく着飾り、注目されながら過ごす日々。しかし、ソルリを待っていたのは華やかな出来事だけはない。番組出演中の態度や発言がネチズンの標的となった。
その原因がソルリにあるという声も理解できる。ただ、デビュー時、ソルリは15歳。その若さで、1日3時間の睡眠で活動し続け、つねに事務所の管理下に置かれ、品行方正でいることを求められる。それができてこそ一流のアイドルなのかもしれないが、ソルリにとっては難しかった。
実際、ソルリはリアリティ番組「ジンリ商店」(2018)で、当時の心境をこのように語っている。
「私には合わない服だった。怖くて将来が見えないから、精一杯自分を守らなければならなかった。大変だと話しても、聞いてくれる人もいなかった。ただ世の中に1人取り残された気がした」
f(x)のメンバーと、徐々に足並みをそろえられなくなったソルリ。Teaserの「楽しいし…」の「…」、MVで踊れなくなってしまったソルリは、そんな困惑や不安を表していると考えられる。前述の"自我の解離"を認識したのも、まさにこのときだったのだろう。
2014年、「Red Light」の活動中、ソルリはDYNAMIC DUOチェジャとの熱愛が報道されてしまう。
ソルリのもとには、それまで以上に多くの誹謗中傷が寄せられ、多大な精神的ストレスを負うことになった。事務所はソルリの無期限活動休止を発表。翌年、ソルリの脱退がアナウンスされる。
カップルの絵画の前で耳打ちしたソルリは、アイドルでありながら、1人の男性を愛してしまった胸の内を明かしているのかもしれない。そして、最後に口を当てて驚く仕草は、チェジャとの関係が公になってしまったことに対する驚きを表しているように見える。
3本目のローソクに火をつけると、「Goblin 3」のシーンが始まる。
Goblin 3:脱退後のソルリ、そして今
「Goblin 3」のソルリは、打ちのめされた彼女自身を再起させる存在だ。このパートには、「Goblin 2」のソルリも登場する。
シーンは夜。黒のキャットスーツのような衣裳をまとい、剣を用意するソルリ。さながら、ヤッターマンのドロンジョ様のよう。可愛いが悪役のイメージ。
ソルリは城へ忍び込み、寝室へ。扉を開けると、ベッドで眠っていたソルリが飛び起き、血しぶきが飛ぶ。
眠っていたのは「Goblin 2」のソルリだ。スタイリングからも、隣に眠っている女性たちからも、そのことがわかる。
次のシーンは昼下がり。まわりの女性は息を合わせて踊るが、ソルリはもはや踊らない。
ソルリはティーカップを持ち上げる。中身は空っぽだ。
そして、また「Goblin 3」のソルリが映る。その口元は《나는 여기 있는데(私はここにいるのに)》と歌詞をなぞり、どこかへ去っていく。
「Goblin 3」のTeaserでは、このように明かしている。
「私はどうやって…。
なんの興味もないです。
後悔…しないとダメですか?」
f(x)の活動中に熱愛が発覚し、悪質な書き込みや誹謗中傷によりダメージを受けたソルリ。城のなかで女性たちとともに眠るソルリは、SM、そしてf(x)に籍を置いたまま活動休止に入った、当時の状態を指しているようだ。
ストレスにより、もしかすると鬱状態に陥ったのかもしれない。「なんの興味もない」という回答は、うつの無気力状態を表すようにもとれる。
また、休止期間には「なぜこうなってしまったのか」と思い返すこともあったのではないだろうか。「ただ1人の男性を愛しただけなのに……」という思いもあったかもしれない。Teaserの「どうやって」「後悔…しないとダメですか?」からは、そんな心境がうかがえる。
そんな彼女を強引に起こすのは、恐怖の象徴のように描かれる「Goblin 3」のソルリ。
しかし、MVのプロローグでソルリはこう話す。
「私は彼女を理解できます。
彼女はただ挨拶がしたかっただけだと思います」
また、曲の最後は、「Goblin 3」のソルリ視点と思われる、このような歌詞で終わる。
《Don't be afraid Just wanna tell you hi》
(怖がらないで ただ挨拶がしたかっただけよ)
「Goblin 3」のソルリが表すのは、単純な恐怖ではなく、新たな1歩を踏み出す決断なのではないだろうか。
誰もが、新生活や新たな環境を前にすると不安を感じるだろう。それが大きな挫折のあとであれば、不安を通り越し、恐怖を覚えるはずだ。
眠り続けるソルリにも決断のときが迫った。それはソルリにとって恐怖だっただろう。「Goblin 3」のソルリが悪役のように描かれるのはそのためだ。
最後、城のダイニングテーブルで、空っぽのティーカップを手にするソルリ。その姿は、引き続きSMに身を置き、ほかのメンバーはf(x)を続ける傍ら、ゼロからスタートするソルリと重なる。
一連の出来事が終わった今、それらはただ恐怖で満たされた出来事ではなく、人生おいて重要で必要なものだったと気づく。「Goblin 3」のソルリは、自分の背中を押し、大切なものを気づかせるためにやってきたのだと、ソルリは「理解」するのだ。
最後は3本のローソクを吹き消し、こう話す。
「全部消えてしまったような気がして。
全部消えたほうがいいんじゃないでしょうか?」
3本のローソクを吹き消す行為は、解離していた3つの人格が統合されたことを表している。部屋にあるバルーンには「I love you」とのプリントが。ソルリが、過去の孤独、痛み、悲しかった出来事を受け入れ、どの自分も愛し、次へ進むことを思わせる。
以上が「Goblin」の考察だ。同作は、ソルリがここまでどうやって来たのかを本人の言葉と感性で解き明かす、パーソナルな記録なのだ。
このような内面の問題をアウトプットする際には、メランコリックなメロディのバラードになりがちだ。しかし「Goblin」はそうではない。
ファルセットを多用したリラックスした歌声は、ポップでドリーミーな世界観を紡ぐ。MVは、まるでフランス映画のよう。ファンタジックでエレガンスな映像美が印象的だ。
「Goblin」は、そのバランスが素晴らしい。それは、この作品が自己の内面を表現しながらも、自己満足に終わっていないことの証明でもある。そこに感銘を受けた。
表現者としてのソルリの今後に、ますます期待したいと思える。そんな作品だった。
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▼引用・参考資料
・厚生労働省 みんなのメンタルヘルス「解離性障害」
・K Style「ソルリ、1stシングル「Goblin」発売の心境を明かす“イ・スマン代表とたくさん話した…さまざまな自分を見せたかった”」
・K Style「ソルリ、いよいよ明日カムバック!可愛らしい笑顔の予告イメージ公開」
・K Style「f(x) ビクトリア、元メンバーソルリの発言に反応?…SNSで意味深コメント「後悔しないで」」