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訴訟を恐れながら訴訟から守らないのはなぜか
脳外科医 竹田くんのような特異点を除けば、高齢者医療における訴訟対象は特別養護老人ホームやリハビリ病院だったりする。
しかし考えてみると、脆弱で認知症を有する高齢者の死や誤嚥、転倒、骨折は予測不可能だが、発生率が高いことがわかる。
保険用語では、「固有の瑕疵」という言葉がある。
これは、船で運ぶ荷物に対して使用される概念である。
「船積み貨物が意図された航海の通常の過程で,偶然的な外部の事故が介入することなく,貨物自体の自然の反応の結果として被る品質劣化」
のことであり、通常、保険支払いの対象にならない。
具体的には、船舶で輸送中の生鮮食品の腐敗、鉄製品の錆、アルコールやガソリンの蒸発などは、商品自体が有する性質として、商品自体を劣化させる。
つまり
生鮮食品は腐りやすい
鉄はさびやすい
アルコールやガソリンは蒸発しやすい
こうしたことは運送業者がどれだけ注意を払っても起こりえることである。
そのために、保険支払いの対象とはならないのだ。
さて、この固有の瑕疵は高齢者医療にもつきものである。
超高齢で重度の認知症がある場合、どれだけ注意を払っても誤嚥する。
認知症と徘徊があって、骨粗しょう症を有する場合、どれだけ注意を払っても転倒し、その転倒は高い確率で骨折を引き起こす。
その線引きは難しいにしても、人間は年老いるにつれて脆弱になり、いつかは死亡するという性質を有する。
しかし、急性期病院の多くはこの加齢に伴う固有の瑕疵について無関心なまま他施設に紹介することが多い。
ちなみに対象となるのは病院が7、介護施設が16、訪問介護が3件であり、患者側の勝訴率は57.7%(15件)であり、賠償額(認容額)は、1000万円をこえるものが13/15件である。
なお、病院は4/7件で支払い、施設は9/16件で支払い、訪問介護は2/3例で支払いとなっている。
施設や訪問介護であれば通常急性期病院にかかる機会があったはずだ。
そこでもし、紹介状にこんな一文が書かれていたらどうなのだろうか、と思う。
「重度の認知症を並存している。また嚥下機能も低下しており、誤嚥のリスクが非常に高い。これを食事介助や食形態の工夫によって改善できる余地は極めて限られている。
また加齢、低体重、ADL低下を伴った脆弱な状態であり誤嚥を契機として死に至る可能性も高いが医療行為によって救命できる可能性は低い。
キーパーソンである長男にX年Y月Z日に上記病状について説明したところ、経口摂取を禁止するよりは、可能な範囲で経口摂取の継続を希望された。誤嚥した場合は病状の進行に伴い死に至る懸念があったとしても、抗菌薬の内服や皮下点滴など、施設内でできる範囲の治療を希望されました」
これによって施設が裁判に巻き込まれるリスクは減じるだろうし、裁判になったとしても誤嚥による死が避けがたいものであったとの印象を裁判官は受けるだろうし、その説明が足りなかったとも言い難いだろう。
合意がなかった場合でも、説明する努力をしたことを記述することはできるだろう。
おそらく医療機関はこうした診療情報提供書を施設に対して提供することで、医療訴訟の懸念を防ぐことができる。
しかし実際にはこういう他の人を守るような紹介状は書かれないのが現実だ。
典型的なものはこうだろう。
「誤嚥性肺炎で入院し、絶食、補液を行いアンピシリン・スルバクタムを7日間静注し肺炎は軽快しました。嚥下リハを行い、食形態をとろみ食に変更しました。1か月後に誤嚥性肺炎を再発しましたが、アンピシリン・スルバクタム投与で軽快し、現在とろみ食7割程度介助で摂取しています。内服薬は以下の通りです」
といった感じだろう。これは事実を述べただけで、認知機能、嚥下、加齢、脆弱性、予後に対する説明はない。故にこの紹介状は施設を守る役には立たない。
https://nagoya-kyodo.com/info/sintaikousoku/
https://x.com/ksktkht8/status/1883519015487967332
裁判記録を読んだ。精神科病院以外で身体拘束に対しての訴訟が提起され、病院側が敗訴した事例である。かなり長かったので、以下まとめ。… https://t.co/DL4SPDVR4h
— KSK@MealsReady4You (@ksktkht8) January 26, 2025
この裁判も、なんというか家族側が転院時に抱いた期待の高さと、実際の医療のギャップが引き起こした悲劇なのではないかと想像する。
91歳で26kgで、前医に肺炎で入院し、入院中に発熱し、その後また肺炎を起こし、その肺炎の治療中に転院し、「このまま同じ抗生剤を使用すれば症状は安定する」と説明を受け、リハビリもできるという理由で、おりど病院への転院を勧められ、転院することとなったようだからね・・・。