見出し画像

認知症における尊厳死の困難さ、そして身体拘束が苦痛を伴い、人権侵害であることが無視されるのはなぜか

意識が清明であれば、治療については患者さん自身と話し合える


 認知機能より先に身体機能が低下して死に至る疾患、例えば肺がんなどであれば、本人が自分の終末期に対して判断し、治療方針を本人の希望を踏まえて決定することができる。
 
 その点に関して、僕自身がこの治療に意味があるのかと疑問を感じたことはない。本人と現在行っている治療の意義や感じていることについて本人、家族と話し合いながら、治療方針を決めていけばよい。

治療の意味は、患者さん自身が教えてくれる。


 本人の思考能力が清明である限り、それが積極的治療であっても緩和医療であっても、両者を併用する場合でも、自分がやっていることに意味があると確信できる。
 僕が考えた治療が効果を示していれば患者さん自身がそれを伝えてくれるし、効果に比べて苦痛が大きければ、それも教えてくれる。

 つまり、間違った場合でもすぐに修正できる。

現代人は高度認知症と共に生を終える


久山町研究によれば、60歳以上の高齢住民が死亡するまでのいずれかの時点で認知症を発症する確率は55%だ。
つまり、半分以上の患者さんは、認知症とともに生命を終える。

認知症の尊厳死は難しい

認知症の場合、本人が今置かれた状況を理解できないことが多い。

つまり、自分が85歳で、肺炎を起こして、病院に入院している。

これだけの情報を複数回、複数人から説明しても、翌日には抜け落ちてしまうことが多い。

実際、年齢を聞くと30歳!と答える人もいる。こんな中で本人が「生きていたい。治療を全て受けたい」と言ったときに、体感年齢と実年齢に55歳の開きがあることを踏まえると、判断として妥当なものとは言えない。

自ずから、家族に状況を踏まえて本人の意志を推定してもらうことになる。
ただ、85歳の家族は大体85歳前後で、認知症の有病率は32.8%、軽度認知障害の有病率は27.5%だ。

合算すると、60.3%で、キーパーソンである配偶者に何らかの認知機能障害を合併していることになる。

となると、状況を把握したうえでの本人の意志の推定は、難しくなる。

また、代理意志決定者としての子が疎遠な場合、状況を理解してもらうことはできたとしても、本人の意志の推定が難しくなる。当然ながら20年前の思いをもとに判断してもそれは妥当ではないだろう。

本人と同居家族は状況の理解が難しく、子は状況を理解できても、本人の意志の推定が難しい。

疾患の進行と共に、苦痛を医療従事者や家族が推定することが難しくなる


腹部をベルトで抑制されて、両手に手袋をはめられ、手首を締め付けられ、その手袋をベッドに括り付けられ、食事ができず、代わりに点滴を刺される苦痛は驚くほど、家族と医療従事者に無視される。

 認知症だから仕方ないですね、と家族も医療従事者も諦めている。

しかしこれは紛れもない人権侵害である。だからこそ家族への説明と同意が必要である。

ここには、苦痛の非対称性がある。

つまり、本人が身体拘束をされていても、家族も医療従事者も同じように身体拘束を受けることは決してない。
だから痛みや苦痛を感じることはない。
苦痛を感じるのは本人だけだ。

だからこそ、病状説明は本人の苦痛に関する説明抜きで実施され、本人の苦痛を考慮しないで、意思決定が行われる。

認知症以外の殆どの疾患の終末期において、苦痛緩和は主要な治療目標の一つである。
 それは疾患が進行すればするほど、治療効果が乏しくなるからだ。

なぜか認知症の終末期では、苦痛緩和が無視される。
それは本人が苦痛を訴えても、せん妄という医学用語に置き換えられるからだ。

患者さん自身が見て、感じる世界を理解しようとする試みは放棄される。

僕は本人が身体拘束が必要となった時点で、自宅ないし介護施設に帰る、もしくは医療的介入を減らし、苦痛緩和を優先する選択は積極的に提示されるべきだと思う。

可能ならそれは家族の同意がなくとも実施されるべきことのように思う。なぜなら身体拘束は苦痛を伴い本人の人権を侵害するからだ。

本人が入院時に苦痛を感じておらず、経過から認知症の終末期と考えられる場合、身体拘束を伴う急性期医療は本人の苦痛だけを増やす可能性が高い。

だから入院後身体拘束が必要になると考えられる場合は、身体拘束が原則的には人権侵害であることと、認知症ないし老衰の終末期であることを説明して、慣れた環境で最後の時間を過ごすか、病院で緩和医療を導入することを提案し、促せるような仕組みを作るべきなんだと思う。

そのためにできること



医師は身体拘束に伴う苦痛を説明する


救急入院ではなく、主要な家族がそろって病院に来院し、医師・看護師による意志決定支援のもとに医療の方針が初診時に確定できるような状況を最初にセッティングする。

身体拘束は原則として人権侵害であることを周知する

身体拘束を行わないために入院しない選択肢を積極的に提示する

「入院に伴うせん妄」ではなく、単に非常に不快である可能性に言及する

認知症の終末期であることを話す。

その判断には認知機能検査よりも日常生活動作(食事、着衣、排泄、入浴)に介助が必要となった時系列とFASTが有用である。

施設や自宅で最期の時間を過ごすことを提案する

これらの判断に役立つガイドラインを制定する

入院時に家族、看護師、医師がそろって認知症の終末期についての話し合いを行ったときに算定できる加算を設定する。


その加算の要件を設定し、認知症の終末期に意思決定が適切に行われるようにする



いいなと思ったら応援しよう!