団塊世代と氷河期世代の経済的依存関係が社会保障制度を破綻させる
このZ世代と氷河期世代の対立はネット上でも、実際に話をしてみても、よく見られる光景だ。以前これを僕はピーター・ターチンが提唱した「父と子サイクル」で説明しようとしたが、それ以外にも経済的な依存関係があることを本稿で示す。
Z世代から見れば、なぜ氷河期世代は社会保障制度を改革しようと思わないのか、と不思議に思うのは無理もないが、恐らく団塊世代と氷河期世代には経済的な依存関係が背景にある。つまり、社会保障制度が持続してほしいと考える事情がある。
団塊世代は、現在77歳から75歳
氷河期世代は現在40歳から50歳前半くらいになる。
つまり、団塊世代の27歳時の子が氷河期世代になる。第二子、第三子などであれば、45歳など、氷河期後期世代にもなる。
団塊世代は終身雇用が維持された。つまり多くの人は厚生年金+国民年金から年金を受け取っている。持ち家率は80%以上で、90%以上が結婚の経験があり、二人世帯の場合、貯蓄額平均値は1700万円と潤沢な金融資産を保有する。
一方のその息子、娘となりうる氷河期世代は、45%程度、未婚率は35%程度だ。持ち家率は66%だ。そして単身世帯では貯蓄額中央値は60万円だ。
さて、団塊世代と、氷河期世代の独身者の典型例を表で比較してみよう。
団塊世代の多くは結婚していて子供がいて、豊かだ。
また、年金として月20万円程度の収入がある。
氷河期世代の3人に1人は独身で、非正規雇用の割合が高く、収入が少なく不安定で、貯蓄が少なく、家も保有していない。
収入と貯金が少なく家賃の支払いがある氷河期世代は経済的苦境に陥りやすい。
経済的苦境に陥れば、豊かな実家に帰るインセンティブがある。
そして、実家で暮らしながら、非正規雇用を続けた場合、持ち家の分家賃が10万円程度節約できる。
また、入院している場合10万円程度年金の収支がプラスになるので、手取りが20万円増えるのと同じになるのだ。
なお、入院を継続した場合、医療費+年金=月額120万円を国民が負担する。
親をどんな形であっても長生きさせたい誘惑が生まれる。
だから延命治療が生まれると言いたいわけではない。
延命治療をするか、しないかを決める要因は複数ある。
本人の希望、家族の希望、それぞれの価値観、家族や友人などとの関係、社会全体の空気、医学的な見通しなど、様々な影響を受ける。
でも、お金だって延命治療をするかを決める重要な要因の一つなのだ。特に本人の希望ではなく、家族の希望を聞かれた場合にはその誘惑にかられてしまう可能性はある。
なにしろ、手取りが20万円増えるのはかなり大きい。
また、親が生きている限り、相続の問題を回避できる。
ただ、経済目的の延命は、社会全体に月120万円程度の社会保障費負担をもたらす。
徹底した延命を望む場合は、濃厚な医療が提供されるかもしれず、医療費は青天井になりえる。
アルブミン製剤や輸血、抗生剤、高額薬剤、外科治療など惜しみなく投入されうる。それも家族が訴訟などをちらつかせた場合、医師が防衛的になってリスクを回避するために家族の意向に従ってしまう可能性が一定の割合であるからだ。
どのくらい不適切に医療を用いるかは、個々の医師の判断に任されているが、知る限り複数の医師が関与すればするほど、医療は防衛的になる傾向がある。
一方で、こうした熱心な家族の対応を一人で対応するのは難しいので、複数の医師がかかわって責任を分散する、というのも一般的な対応である。
つまり、医師の自主性に任せていると、訴訟をちらつかせながら延命を望む家族の要望に応えて、防衛的で高額な医療が提供される可能性が高い。
氷河期世代と団塊世代の経済格差と金融的な依存関係は、氷河期世代が現役世代を重視する政党(日本維新の会、国民民主党)を支持せず、高齢世代を重視する党に投票する傾向を説明する。
勿論、人間はお金だけで動くわけではない。
しかし、お金は人間の行動を大きく変えるきっかけになる。なってしまう。
そういえば、医療倫理の本で、お金の要素に触れた本は見たことがない。
まあ、聞くわけにもいかない雰囲気があるのはそうだ。
また、倫理の世界はお金の役割を軽視する傾向がある。
自分が同じ立場だったとして、お金の話はしたくもないし、聞かれたくもないだろう。しかし、重要な要因ではある。
親の年金と持ち家による経済的利益のために、治療が本人の体験を改善せず、延命にしかならないときに治療を家族に希望させるなら、それは倫理的に間違っている。
これは個人への批判というわけではない。
物陰に隠れたお菓子ボックスからの窃盗の責任を盗む人だけに帰すわけではないのと同じだ。
貧しい氷河期世代と、豊かな団塊世代を作り、高齢者の負担が少ない保険制度と年金制度を作り、選挙を通じて維持してしまった僕ら全員の責任なのだ。
制度ができて維持される過程で選挙権を有していなかったり、そもそも生まれていなかった人たちもいるだろうが、選挙に行け論者はそんな理屈は気にしない。
高齢者が子の経済的利益のために延命させられる悲劇(これは、子にとっても悲劇だ)をこれ以上防ぐために、制度を変えなければならない。
お菓子ボックスからお菓子が沢山盗まれるなら、お菓子ボックスは物陰からオフィスの真ん中の明るい場所に移動させよう。それでも盗まれるなら、監視カメラも設置して、犯人を処罰しよう。
そうすれば窃盗の誘惑にかられる人を減らすことができる。
今社会保障制度の歪みをただせば、悲劇の多くを未然に防げる。