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借用書4枚。一つの恋の証だった。

1月の末。
私が彼氏と別れたことを知った同僚が、酔った口調で言う。


「さて、それじゃふゆさんの失恋話でも聞きますか」


別に、これは私が傷心を慰めて欲しくて呼びかけた飲み会ではない。
新しい年になったらもう思い出すまいと、失恋ソングを聞くのをやめ、写真フォルダを遡るのをやめ、休日は新しい場所に出かけ、夜には友人との予定を詰めた。
その予定の一つがこれであるというのに、何回はぐらかしても、通し勤務明けの酔っぱらいはまあしつこい。


好奇心100%過ぎて失礼だ、せめて慰めるフリくらいしなさいよ、未だ癒えない傷を開こうと言うんなら。

そんなことを思った。


けれど至極わがままなことに、私は実は話してしまいたかった。
本当は、誰かに聞いて欲しかった。

ただ、話し方が分からなかった。

レアなケースだと思う。ドン引きされるだろう。非難されたり心配されたり、とにかく突っ込みどころの多い話になるだろう。酒のつまみにサラッと話すには些か、いやかなり、重い。

だから、誰にともなく書き残してみる。




彼は音楽の世界に詳しい人だった。
彼からしてみれば、幅広い興味関心のうちの一部に私の好みが含まれていただけで特別なことではなかったようだが、
私からすれば、私の狭い好みを理解してくれる人は珍しかった。
ヨルシカの話で盛り上がり、FINLANDSを勧めればHakubiのリンクが返ってきた。
My hair is badの『真赤』は失恋した時に聴くとめちゃめちゃクる、と意気投合した時、この人とは付き合いたくないなと思った。
もしも付き合って、そして別れた時、相手が何を聴くか分かるなんて惨めだ。
きっとどこかでボタンを違えて、何かを理解することを諦めて別れるのに、離れたその後で何を聴くのか分かる関係なんて。もう何もお揃いにできないのに同じ曲を聴くなんて、そんなの絶対付き合いたくない。

そんなことを考えた時点で、私は彼を好きになり始めていたのだろう。

まさか同じ失恋ソングを好きだから、という理由で振るわけにもいかない。
半年のアタックを受けて、私は彼と付き合うこととなった。



彼は不幸体質だった。それもかなりえぐいタイプの。
彼と付き合った半年の間だけで何度も、彼や彼の周りの人に事故があり、危篤があり、そして葬式があった。
私と出会う以前からそういうことはあって、彼も彼の友人も私の話を聞いた私の友人も共通の友人も、自他ともに認める不幸体質だった。
一つ一つがかなり重いのに、そういうことが立て続いて、彼は私に借金をした。合計、90万。


良識ある人は、ここでこの投稿者大丈夫かと思ったことかもしれない。騙されているのではないか、と。


私もしっかり怖くなった。
良識ある私の友人の助言を受けて、借用書を交わした。日付ごとに4枚。
彼と話し合って返済計画も立てた。○月に○○万円収入が戻ると仮定し、毎月何にいくら使っていて今の生活からどこをどう削り出費を抑えるのか、残った金額を返済に回したら何ヶ月かかるのか。
彼が詐欺師だったら、逃げるチャンスはいくらでもあった。彼は逃げなかったし、なんというか、愛が重かった。
私は彼を信じることにした。
けれど、結局、私に出来たのは信じるまでだった。
これらの話し合いが、彼の負担になったからだ。



彼は胃潰瘍になった。
休職期間が長く、解雇となった。
無一文、収入も無いまま、追加の検査で、癌が見つかった。



私は、耐えられなくなってしまった。
付き合って半年。
別れを切り出した。


半年の間で、途中からは借金で生活していた彼からもらった物といえば、借用書4枚だけだ。
一つの恋が始まって終わると言うのに、こんな哀しいことがあるだろうか。
誕生日もクリスマスも迎えなかった私には、忘れて仕舞えば、写真を消して仕舞えば、もう何も残らない。そのことを何年経てば救いと呼べるだろう。

時節柄、「行きたいね」だけで終わってしまったブックマークの数々は、思い出未満の何だろう。
もう動かないトークルームに閉じ込められた、デジタル時代の化石たち。

どんな私のことも可愛いと言ってくれて、私の写真やアクセサリーを褒めてくれて、お仕事お疲れ様頑張ったねと毎日言ってくれたのを連絡を絶っていても思い出したし、私の身体を好きだと言ってくれたのは自信になるし、寝不足の酷い顔でも普段と違う化粧でも良いと言ってくれる彼氏は最高だと思う。
一緒に行きたい場所や食べたいお店がいっぱいあったのにちっとも行けてないし、もっと二人してカメラを持って出掛けたかったし、星を観に行きたかった、同じ月を見て帰りたかったし、あなたがギターを弾いてる姿を直接見たかったし、あなたが好きなアーティストのライブに連れて行ってもらうことは叶わないまま。どんな誕生日プレゼントを考えてくれているのか知りたかったし、ちょっと良い景色や食事でクリスマスや記念日を祝いたかった、手紙もたくさん書いてほしかった。


幸せになりたくて繋いだはずの絆が、解いてからもこんなに苦しく縛ってくる。


謝ったら負けだと、ありがとうもごめんも無く、どこがどう耐えられなくなったのかをLINEで送りつけて終わった。


だけど、ずっと胸に引っかかっている。
ずっと堪えていることがあって、この気持ちを吐き出さないことにはどうにも前に進めそうにない。
だから、言ってしまいたい。

文章には興味が無い彼はきっと辿り着かないであろうここで、私のnoteのアカウントを教えることは無いまま終わってしまったあなたへ、言えなかった本音を残すことを、ごめん、許してほしい。


ごめん。
耐えられない彼女でごめん。
支えきれない彼女でごめん。
頼ってほしいと、恋人らしいことをさせてと言ったのに、辛い時に離れていく彼女でごめん。
簡単に金を借りて、返済計画も立てずに次を催促して隠し事ばかりするあなたが悪いなら、
簡単に金を貸して、後から疑い、そして捨てる私だって愚かだった。
どうかあなたがもう何も失わなくて済むようにと願って手を伸ばしたつもりでいたのに、結論それは私が離れる要因になってしまった。
あなたは私にたくさん「好き」をくれたのに、それは確かに私を救ったのに、私は彼に何をしてあげられたのだろう。
決して借金だけが理由で別れたわけではない。彼の言動とか性格とか人間関係とか、きっといずれ私とあなたは苦しくなった。
あなたがどんな私も愛してくれたように、私も盲目的にあなたに夢中になれたなら、今も療養中だろうあなたの隣にいて支えられただろうに。


半年かけて好きにさせた割に不安にさせすぎ、と文句を言ったことがある。

その半年の間に恋愛コラムを読んで、花柄のブラウスを買って、あなたがハマっているというバンドの曲を聞いていたのは私だった。
いつの間にかこんなにも好きになってしまって、今だって1つのものが2つに引き剝がされるような痛みを感じていて、自分から別れを切り出したくせにこんなことを長々と綴る身勝手さだ。
ごめん。
あなたと一緒にいることは出来ない。
なのにどうしてだか、こんなにもあなたが大好きだ。
支えたかったのに、裏切る私で、ごめん。



結局、別れた後で相手が何を聴くかなんて、分かるわけが無かった。

私はと言えば、誘われたカラオケで友人が歌ったNovelbrightのツキミソウがひどく心に刺さってしまって、そればかりを聞いた。
偶然かわざとか、きっとわざとなので遠慮なく浸らせてもらっている。
あの人がこの曲を知っているかどうかなんて、もう知る由も無い。


大いにボタンを違えて、違う方を向いて歩いていくのに、離れてからも何かがお揃いでいられるなんて傲慢だった。



4枚の借用書は、まだ部屋の隅にある。
もうとっくに要らないものだ。
元々、法的手段を取るつもりで書かせたものではないし、連絡手段を絶ったから返済されようもない。

話し合いの前にフォーマットを印刷して持っていく予定が、急にリスケを迫られたもんだから、慌てて揃えたA4のコピー用紙。お世辞にも綺麗とは言えない彼の手書きの字が並ぶ。
本来貼らなければならない収入印紙も用意出来ていないから、実は法的手段としても意味は薄い。彼が拒否する素振りを見せるかどうか、それだけの為に用意したから、本当にもう用済みの代物。

彼からもらった唯一の物。

これが無ければ、身体に支障をきたすほど、彼を悩ませなければ────。

そんなことを言っても、もうどうしようもない。
どうしようもないのだけれど、このペラペラの4枚がひどく重くて、年末の大掃除の時でも触れられなかった。

思い出と呼ぶには哀しいほどに薄く、この重さは未練なのか執着なのか。


このnoteを投稿したら、捨てよう。

資源ゴミの紙袋の中へ、新聞紙と新聞紙の間にちょっとお邪魔して。


新年を迎えても、明るい流行りの曲ばかり口ずさんでも、一人で静かなカフェに行っては可愛らしいテーブル小物やスイーツの写真でフォルダを埋めても、友人と会って他愛無い話をしていても。

不意にこみ上げる泣きたい気持ちが、謝って、どこを間違えたのか神様に問い質したい衝動が、今少し収まったように思うから。



仕事終わりの飲みの席で、別の同僚が言う。

「それで、その人と付き合って楽しかったことが一つでもあったの?」


あった。

楽しかった。

最後は辛かったけど、今もまだまだ辛いけど、間違いなく楽しい瞬間があった。一つどころではない、何度も、何度も。




間違っても、もう二度とあなたと会うことがありませんように。

どうか、あなたが、私の知らないところで幸せになれますように。


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